ジョゼフ・ド・メーストル

ジョゼフ・ド・メーストル：反革命思想家の生涯と業績

ジョゼフ・マリー・ド・メーストル伯爵（1753年-1821年）は、フランス革命期とその後の時代を駆け抜けた、サヴォワ出身の卓越した思想家です。王党派、保守主義者、反革命家として知られる彼は、鋭い洞察力と流麗な文章で、現代にも通じる重要な問題を提起しました。本稿では、彼の生涯、思想、影響、そして日本語訳を含む著作について詳しく解説します。

生涯：激動の時代を生き抜いた思想家

メーストルは、現在のフランス領サヴォワのシャンベリで、サヴォワの上院議長の子として生まれました。サルデーニャ王国の臣下でありながら、フランス領にも所領を持っていた彼の出自は、複雑な地政学的状況を反映しています。トリノ大学法学部卒業後、サヴォワ上院の検察官を務め、若くしてフリーメーソンのロッジにも加入しました。しかし、フランス革命の勃発を機に、彼は革命への支持から反対へと立場を転換し、スイスに亡命。サルデーニャ王の公使として、革命思想を批判する数々の著作を発表し、ヨーロッパ中にその名を知らしめました。

1802年にはロシアのサンクトペテルブルクに赴任し、代表作『サンクト・ペテルブルク対話篇』を執筆しました。この地での生活は質素なものだったようですが、メーストルの才能と人徳はロシア宮廷に強い印象を与え、皇帝アレクサンドル1世からも一目置かれる存在となりました。晩年は故郷に戻り、ピエモンテ＝サルデーニャの司法長官として亡くなるまで活躍しました。

思想：反啓蒙主義と権威主義

メーストルの思想は、徹底した反啓蒙主義、反合理主義に特徴付けられます。彼は、啓蒙思想の理性主義が社会の秩序を破壊すると考え、世襲君主制や宗教といった伝統的な権威の重要性を主張しました。理性と信仰の調和を唱えたトマス・アクィナスを敬愛しながらも、メーストルは自律的な理性こそが人間の堕落を招くと批判しました。非合理的な偏見や迷信、権威こそが、社会の安定を支えるものだと信じたのです。

特に興味深いのは、彼が戦争や処刑を、神の介入と捉えていた点です。人間の弱さや邪悪さを示すものとしながらも、それらを社会の維持に不可欠な要素として肯定しました。この思想は、キリスト教の原罪論に基づいており、彼の深い悲観主義と深く繋がっています。フランス革命についても、聖書における神と堕天使の戦いに例え、理性主義の暴走への神の罰だと解釈しました。

メーストルの影響：現代思想への継承

メーストルの著作は、死後しばらくは埋もれていましたが、19世紀後半以降、保守主義者やカトリック右派、さらには反文化主義者まで、幅広い層に影響を与えました。アンリ・ド・サン＝シモン、オーギュスト・コント、シャルル・モーラスといった思想家、そしてエミール・シオラン、カール・シュミット、アイザイア・バーリンといった現代の思想家たちも、彼の思想に注目しました。スタンダールやボードレールといった文学者も、メーストルの影響を認めています。

アメリカ合衆国では、第7代副大統領ジョン・カルフーンが「アメリカ版メーストル」と呼ばれ、奴隷制擁護の立場から保守主義を唱えました。

著作と日本語訳

メーストルの著作は膨大であり、フランス語で全集が出版されています。日本語訳は限られており、『主権原論』（『主権についての研究』の訳書）と『サンクト・ペテルブルクの夜話』（『サンクト・ペテルブルク対話篇』の訳書）などが知られています。近年では、専門書や論文も発表され、彼の思想への関心が徐々に高まっています。

結論

ジョゼフ・ド・メーストルは、激動の時代に生きた反革命思想家です。彼の反啓蒙主義、権威主義、悲観主義的な思想は、現代社会の様々な問題を考える上で、今もなお示唆に富んでいます。彼の著作は、歴史的文脈にとどまらず、現代の思想や政治、社会問題を考えるための貴重な資源となるでしょう。彼の思想を理解することで、現代社会における保守主義や反近代主義の潮流をより深く理解することができるはずです。

もう一度検索