ジョン・アイアランド (作曲家)

ジョン・ニコルソン・アイアランド

ジョン・ニコルソン・アイアランド（John Nicholson Ireland, 1879年8月13日 - 1962年6月12日）は、イギリスの作曲家です。スコットランド系の血を引いています。彼の音楽は、当時のイギリスの主流とは異なる、繊細で洗練された響きを持つ独自の「イギリス印象主義音楽」として評価されています。

生涯

アイアランドは、チェシャー州マンチェスター近郊のバウデンに生を受けました。父アレグザンダーはジャーナリストであり新聞社の経営者でもありましたが、ジョンが生まれた時にはすでに70歳を迎えていました。五人兄弟の末っ子として育ちましたが、母アニー（旧姓ニコルソン）は父の二度目の妻であり、夫より30歳年下でした。幼少期は両親との別れという悲劇に見舞われます。14歳で王立音楽大学に入学した直後の1893年10月に母アニーが亡くなり、翌年には父アレグザンダーも世を去りました。この幼い頃の喪失体験が彼に深い悲しみをもたらし、後の彼の自己に厳しく内省的な性格形成に影響を与えたと言われています。

王立音楽大学では、1893年からの数年間で優れた指導者たちから音楽の基礎を学びました。ピアノをフレデリック・クリフに、オルガンをウォルター・パラットに師事し、1897年からは作曲をチャールズ・ヴィリアーズ・スタンフォードに学びました。スタンフォードからはドイツ古典派、特にベートーヴェンやブラームスといった作曲家の音楽について深い薫陶を受けました。学業と並行して、1896年にはロンドンの聖三位一体教会の副オルガニストに就任。さらに1904年から1926年までの長期にわたり、チェルシーの聖ルカ教会の正オルガニスト兼楽長を務めました。

オルガニスト、楽長としての活動に加え、母校である王立音楽大学でも教鞭を執り、後進の指導にあたりました。彼の教え子の中には、アーネスト・ジョン・モーランやベンジャミン・ブリテンといった後の著名な作曲家がいます。モーランからは深く尊敬されましたが、ブリテンからはあまり顧みられることはなかったようです。音楽活動のインスピレーションを求めて、しばしばチャネル諸島を訪れ、その美しい景観から多くの霊感を得ました。しかし、第二次世界大戦中には、ナチス・ドイツ軍によるチャネル諸島への侵攻直前に島を脱出するという経験もしています。1953年に公職から完全に退いた後は、サセックスに移り住み、静かに晩年を過ごしました。

作品

アイアランドの音楽スタイルは、師スタンフォードからのドイツ古典派の影響を受けつつも、より近代的な響きを追求しました。青年期には、ドビュッシーやラヴェルといったフランスの印象主義音楽、さらにはストラヴィンスキーやバルトークの初期作品といったロシアの近代音楽からも強い影響を受けました。これらの多様な音楽からのインスピレーションを独自の感性で昇華させ、当時のイギリス音楽界で主流であった民謡に基づいたスタイルとは一線を画す、洗練された繊細な響きを持つ「イギリス印象主義音楽」を確立しました。

彼は、交響曲やオペラといった大規模なジャンルにはほとんど手を染めず、ピアノ協奏曲を除けば、自由な形式による性格的な小品を多く手掛けました。特にピアノ曲は彼の創作の中心の一つであり、数多くの魅力的な作品を遺しています。中でも『聖なる少年（The Holy Boy）』は、その美しい旋律から広く知られるようになり、様々な楽器編成に編曲されて彼の最も代表的な作品として世界中で親しまれています。

歌曲の分野でも重要な貢献を果たしました。A.E.ハウスマン、トマス・ハーディ、クリスティーナ・ロセッティ、ジョン・メイスフィールド、ルーパート・ブルックスといった著名な詩人たちの詩に作曲した歌曲は、イギリス歌曲の豊かなレパートリーに貴重な彩りを加えています。また、聖ルカ教会での職務に関連して、聖歌やキャロルなどの合唱用宗教曲も作曲しています。これらの宗教曲の中でも、戦没者追悼式典などでしばしば演奏されるアンセム『大いなる愛（Greater Love）』は特に有名です。

晩年や没後に遺された作品の中には、門人である作曲家ジェフリー・ブッシュによる補筆や編曲を経て広く知られるようになったものもあります。これには『ダウンランド組曲』などが含まれ、アイアランドの音楽が後世に伝えられる上でブッシュの役割も重要でした。

その他

余談ですが、日本の音楽ユニットALI PROJECTのアルバム『流行世界』に収録されている楽曲「茸狂乱美味礼讃」の一部に、アイアランドのピアノ組曲『London Pieces』より「Soho Forenoons」の冒頭旋律が引用されています。これは国境を越えて彼の音楽が影響を与えた一例と言えるかもしれません。

ジョン・ニコルソン・アイアランドは、その内省的な性格から生み出される、独特の叙情性と洗練された響きを持つ音楽を通じて、20世紀前半のイギリス音楽史において確固たる地位を築きました。彼の作品は、時に静謐で瞑想的であり、時に力強く情熱的でありながらも、常に個性的で繊細な色彩を放っています。

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