ジョン・ナッシュ (画家)

ジョン・ナッシュ

ジョン・ノースコート・ナッシュ（John Northcote Nash CBE, RA, 1893年4月11日 - 1977年9月23日）は、20世紀イギリスの重要な芸術家の一人です。彼は、風景画、静物画、そして二度にわたる世界大戦における戦争画で特に知られています。著名な戦争画家ポール・ナッシュ（1889-1946）の実弟としても広く認知されています。

生い立ちと芸術への道

ナッシュは1893年にロンドンに生まれました。父は法律家で、地方裁判所の判事を務めていました。母は海軍家系の出身でしたが、彼が若い頃に精神疾患で亡くなっています。幼少期をバッキンガムシャーで過ごし、ウエリントン・カレッジなどで学びました。学生時代から植物学に強い関心を持っており、卒業後は短期間、新聞記者として働いた経験があります。

正規の美術教育は受けませんでしたが、画家であった兄ポールからの勧めが契機となり、絵画制作を開始しました。初期は水彩で、宗教画や戯画、風景画などを手掛けています。1913年には兄ポールとの共同展を開催し、その才能が注目を集めました。翌1914年には、兄が中心となった前衛芸術家グループ「ロンドン・グループ」に参加しました。

1915年頃からは、画家ハロルド・ギルマンとの交流を通じて油絵にも取り組み始め、風景画を本格的に制作するようになります。彼はギルマンやチャールズ・ジナーら同時代の画家たちと共にグループ展に出品するなど、精力的に活動しました。

二度の世界大戦と戦争画家として

第一次世界大戦が始まると、ナッシュは健康上の理由で直接的な兵役には就けませんでした。しかし、1916年からは芸術家による部隊「Artists Rifles」に加わり、1917年にはパッシェンデールやカンブレーでの激戦を経験しました。この体験は彼の作品に深く影響を与えています。兄ポールの推薦を受け、1918年には公式戦争画家に任命されました。

彼の代表作の一つである「Over the Top」は、カンブレー近郊での戦闘で所属部隊の多くの仲間が命を落とした凄惨な経験に基づいて、生還したナッシュが約3ヶ月後に描いたものです。この絵は、第一次世界大戦の塹壕戦の悲惨さを伝える強烈な作品として、現在も帝国戦争博物館に収蔵されています。

第二次世界大戦が勃発すると、ナッシュは再び公式戦争芸術家としてイギリス海兵隊大尉の階級を与えられ、1940年から1944年まで海軍本部などで戦争記録画を制作しました。

戦間期の多様な活動

第一次世界大戦後、ナッシュはバッキンガムシャーをはじめとする各地に暮らし、イギリスの田園風景や海岸線を主な題材として描きました。彼は様々な芸術団体に参加し、1919年にはニュー・イングリッシュ・アート・クラブ、1923年にはModern English Water-colour Societyの会員となっています。画家としての活動に加え、1920年代には文芸誌で美術評論も手がけました。

また、1924年から数年間、オックスフォードのラスキン美術学校で教鞭を執り、後進の指導にあたりました。画家としてだけでなく、ナッシュは優れた木版画家、そして書籍のイラストレーターとしても知られています。特に植物学への造詣が深く、1927年には有毒植物に関する本の執筆とイラストを自ら手がけるなど、その知識を芸術活動に結びつけました。

私生活では、1918年にドロシー・クリスティーヌ・クールンタールと結婚しましたが、生まれた息子を幼くして亡くすという悲劇も経験しています。

晩年と評価

ジョン・ナッシュの芸術家としての功績は高く評価され、1940年にロイヤル・アカデミー・オブ・アーツの準会員に選出され、1951年には正会員となりました。1964年には芸術への長年の貢献が認められ、大英帝国勲章コマンダー（CBE）が授与されています。

彼は1977年9月23日、84歳でエセックス州コルチェスターにてその生涯を閉じました。風景、静物、戦争、そして植物といった多様な主題に取り組み、画家、版画家、イラストレーター、教育者として活躍したジョン・ナッシュは、20世紀イギリス美術史において確固たる地位を占めています。

もう一度検索