ジ・インナー・ライト

ジ・インナー・ライト：ビートルズとインド音楽の融合、そして老子の教え

1968年3月、ビートルズのシングル『レディ・マドンナ』のB面に収録された「ジ・インナー・ライト」。この曲は、ジョージ・ハリスンが作詞作曲を手掛けたもので、ハリスン作品がイギリス盤シングルのB面に収録された最初の例となりました。特徴的なのは、その音楽性と歌詞です。

まず音楽面では、インド音楽の影響が強く反映されています。ハリスンはそれまでにも「ラヴ・ユー・トゥ」「ウィズイン・ユー・ウィズアウト・ユー」などでインド音楽を取り入れた楽曲を発表していましたが、「ジ・インナー・ライト」は彼にとって最後のインド音楽的作品となりました。ボンベイのHMVスタジオでインド人ミュージシャンと共にインストゥルメンタルパートをレコーディングした後、ロンドンのEMIレコーディング・スタジオでボーカル録音が行われました。ビートルズメンバーの参加は、ジョン・レノンとポール・マッカートニーによるバッキング・ボーカルのみです。

歌詞は、中国の哲学者老子による『老子道徳経』からの引用が特徴です。ハリスンは、サンスクリット研究家のジュアン・マスカロからの手紙がきっかけとなり、道徳経の一節に着目、音楽に取り入れることを思いついたと言われています。特に、自然や宇宙の摂理を内面から悟るという老子の思想が、楽曲全体に静謐で瞑想的な雰囲気を与えています。歌詞は、一見シンプルながら、深い意味を含んでおり、リスナーに内なる平和を見出すよう促しているかのようです。

レコーディングは、前述の通り、インドとイギリスの二つのスタジオで行われました。ボンベイでは、映画『不思議の壁』のサウンドトラック収録の合間を縫ってインストゥルメンタルパートのレコーディングが行われ、効率的な作業により予定より早く完成しました。イギリスでのレコーディングでは、ハリスンはリードボーカルを担当しましたが、当初は自身の声に自信が持てず、ポール・マッカートニーの励ましを受けてレコーディングに臨みました。

「ジ・インナー・ライト」は、オリジナルアルバムには収録されず、後に『レアリティーズ Vol.2』『パスト・マスターズ Vol.2』などのコンピレーションアルバムに収録されました。しかし、その高い芸術性と独自性は高く評価されており、音楽評論家からも絶賛されています。ニコラス・シャフナーは本作を「ハリスンがビートルズの作品にインド音楽を取り入れた最高で最後の楽曲」と評し、イアン・マクドナルドは「快活で魅力的。ハリスンが書いた最も魅力的な作品の1つ」と称賛しています。さらに、レノンとマッカートニーもこの曲を高く評価しており、レノンに至ってはシングル候補から「アクロス・ザ・ユニバース」を外してまで本作をシングルに収録させたと言われています。

また、「ジ・インナー・ライト」は、様々な形で現代の文化にも影響を与えています。1992年には『新スタートレック』のエピソードタイトルとして使用され、2020年にはマテリアル・ワールド財団による新型コロナウイルス救済活動「The Inner Lightチャレンジ」においても活用されました。このチャレンジでは、楽曲の歌詞をSNSで共有するごとに1ドルが寄付されるというものでした。

このように「ジ・インナー・ライト」は、音楽史に残る名曲であると同時に、老子の思想、インド音楽、そしてビートルズという複数の要素が複雑に絡み合った、時代を超えて人々を魅了する作品といえます。その静謐で深遠な旋律は、今もなお世界中のリスナーに静かな感動を与え続けています。

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