ジーノ・バルタリ

ジーノ・バルタリ：栄光と苦難、そして人道への献身

ジーノ・バルタリ（1914年7月18日 - 2000年5月5日）は、イタリアが生んだ伝説的な自転車競技選手です。彼の輝かしいキャリアは、数々の勝利と記録に彩られていますが、その陰には第二次世界大戦という時代の苦難と、ユダヤ人を救うために命を懸けた勇気ある行動がありました。

栄光のキャリア

1935年にプロデビューしたバルタリは、その年にイタリア国内選手権を制覇。ジロ・デ・イタリアでは山岳賞を獲得し、その後も通算7回にわたり同賞を受賞。この記録は現在もジロ史上最多記録として輝いています。1936年にはジロ総合優勝と山岳賞をダブルで獲得、ジロ・ディ・ロンバルディアでも優勝を果たしました。翌1937年にもジロ総合連覇と山岳賞3年連続受賞を達成し、イタリア国内選手権も制覇。ツール・ド・フランスでは区間優勝を飾るも、落車による大怪我でリタイアを余儀なくされました。

1938年、ファシズムの圧力が強まるイタリアを離れ、パリに拠点を移したバルタリは、ツール・ド・フランスで初優勝を飾ります。ピレネー超えステージを終えて総合2位につけた彼は、第14ステージでアロ峠からヴァル峠、イゾアール峠へと続く難関を制し、圧勝。マイヨジョーヌを獲得し、2位に18分近い大差をつけて総合優勝をほぼ手中に収めました。この年、ツール初の山岳賞も獲得しています。

しかし、1939年には第二次世界大戦の影が迫り、イタリアチームのツール・ド・フランス参加は見送られ、バルタリの連覇は幻となりました。この年、彼はジロ・ディ・ロンバルディアとミラノ～サンレモを制覇。翌1940年にも両レースで連覇を達成し、3度目の国内選手権優勝を果たしますが、その後、戦争の影響で自転車選手としてのキャリアは一時中断を余儀なくされます。

ユダヤ人救出への献身

1940年以降、事実上の引退状態となったバルタリは、強制収容所に収監されたユダヤ人を救うために奔走します。カトリック教会との連携を深め、ピウス12世に謁見し、大司教やフランシスコ会にも協力を求めました。これらの活動は、1969年のインタビューで一部が語られましたが、その全貌は2000年のバルタリの死後、息子たちが公開した日記によって明らかになりました。

ルッカ修道院は、ユダヤ人の国外逃亡を支援するため、偽造文書を作成する秘密工場を設けていました。しかし、身分証明写真が必要となったため、修道院はバルタリに協力を依頼。彼はトレーニングを装い、ファシストの目を盗んで写真を隠した募金箱を運び出しました。以前からレジスタンス運動を支援していたバルタリは、ファシストの標的となっていましたが、彼の名声を利用することで、抵抗勢力の大規模な反乱を抑止できると考えたファシストは、当初、彼の活動を見て見ぬふりをしていました。

しかし、ナチス・ドイツがイタリア国内に駐留するようになると、ユダヤ人追跡はさらに強化されます。バルタリはフィレンツェでナチスから度重なる尋問を受け、ユダヤ人への支援をやめるよう説得されましたが、彼は屈しませんでした。表向きは慈善活動を続けながら、密かに逃亡作戦に加担したバルタリは、1943年、改造したワゴン車にユダヤ人を乗せ、スイスアルプス方面への逃亡を試みました。検問を受けるたびに、彼はトレーニング用品を積んでいると偽り、難を逃れたと言われています。

第二期黄金時代とライバル・コッピの出現

第二次世界大戦後、バルタリは競技に復帰し、同胞のライバルであるファウスト・コッピと激しい戦いを繰り広げます。5歳年下のコッピは、1940年のジロで総合優勝し、1942年にはアワーレコードを樹立。バルタリはそんなコッピを可愛がり、1939年に自身のチームに引き入れ、1940年のジロではアシストを務めました。しかし、戦前はバルタリの存在がコッピにとって大きな壁となっていました。

戦後間もない1946年、バルタリとコッピの立場は対等となります。バルタリはジロで辛うじてコッピを退けて3度目の総合優勝を果たしますが、ミラノ～サンレモではコッピに完敗。その後、バルタリはツール・ド・スイス、チューリッヒ選手権を制覇。一方、コッピはグランプリ・デ・ナシオン、ジロ・ディ・ロンバルディアを制しました。1947年、バルタリは3度目のミラノ～サンレモ制覇とツール・ド・スイス連覇を果たしましたが、この年のジロ総合優勝はコッピの手に渡りました。

1948年のツール・ド・フランスで、バルタリはイタリアのエースとして出場。第1ステージを制し、その後、ルイゾン・ボベにマイヨジョーヌを譲るも、アルプス越えの第13ステージでイゾアール峠を制して区間優勝。マイヨジョーヌを奪還すると、続く第14、15ステージも制し、アルプスステージ終了時点でボベに13分以上の大差をつけました。最終的に、2位のブリック・ショットに26分16秒差をつける圧勝劇を演じました。

1949年、ジロを制したコッピがツールに出場することになり、バルタリも出場したことから、イタリアチームは異例の「ダブルリーダー制」を採用。第16ステージ、先にイゾアール峠を通過したコッピをバルタリが追撃し、ブリアンソンでは同タイムでワンツーフィニッシュ。区間優勝はバルタリ、マイヨジョーヌはバルタリの手に渡りましたが、続く第17ステージでコッピが圧勝し、マイヨジョーヌを奪還。第20ステージの個人TTでコッピがバルタリに大差をつけ、総合優勝を果たしました。コッピは史上初の「ダブルツール」を達成しました。

この結果、バルタリとコッピの立場は大きく変わり、その後、バルタリは1950年のミラノ～サンレモ、1952年の国内選手権を制した程度に止まりましたが、コッピはダブルツールを1952年にも達成するなど、数々の大レースを制覇。「カンピオニッシモ（チャンピオンの中のチャンピオン）」と呼ばれるようになりました。1954年、コッピが現役最後のチームの監督を務めたのはバルタリでした。コッピは1960年にマラリアによる熱病で亡くなりましたが、アラッシオには、二人の直筆サインが刻まれた石碑が建てられ、二人が良きライバルであったことを物語っています。

2000年5月5日、バルタリはポンテ・ア・エマの自宅で心停止により死去。2001年からは、彼らの名前を冠した「コッピ・バルタリ」というレースが毎年開催されています。

ジーノ・バルタリは、単なる偉大な自転車選手としてだけでなく、困難な時代に勇気と人道精神を示した英雄として、今もなお多くの人々に記憶されています。

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