空虚五度

空虚五度 (Open Fifth)

空虚五度とは、音楽用語で、楽曲において完全五度のみで構成される響きを指します。英語では "open fifth", "empty fifth", "bare fifth" などと表現されます。長三和音や短三和音に必須である第3音（中音）を欠いているため、長調・短調のいずれの性格も持ちません。ロック音楽においては、同様の構成がパワーコードとして知られています。

歴史的背景

中世ヨーロッパの音楽では、完全一度、完全四度、完全五度、完全八度の4つの音程のみが協和音とされ、三度の響きは不協和音とされていました。13世紀になってようやく長三度の響きが認められ、楽曲の冒頭などに用いられるようになります。14世紀には完全五度の中に長三度が組み込まれ、長三和音が成立しますが、楽曲の終止音としては五度や八度が用いられ続け、長三和音による終止が一般化するには2世紀を要しました。

調性が確立していくにつれて、それまで協和音であった五度の響きは次第に使われなくなり、17世紀には和声における五度の進行に平行五度や隠伏五度の禁則が生じました。しかし、ヨーロッパの典礼音楽においては、現在でも空虚五度を用いた聖歌や賛美歌が数多く存在します。

古典派以降の展開

古典派音楽では、空虚五度の響きは稀に用いられます。モーツァルトは『レクイエム』の「キリエ」を空虚五度で締めくくり、ベートーヴェンは交響曲第6番や交響曲第9番を空虚五度で開始しています。

ロマン派以降、和声が拡大される中で、空虚五度は多様な表現のために用いられるようになりました。シューベルトの歌曲集『冬の旅』終曲「辻音楽師」では、低音部で連続する空虚五度の響きが印象的です。ショパンもピアノソナタ第2番第3楽章（「葬送行進曲」）やマズルカなどで空虚五度を使用しています。シューマンはショパンのマズルカの評論において、教会音楽の例を引き合いに出し、時代の変化とともに聴衆の耳も変化すると述べて、五度の響きを擁護しました。また、シューマンはベートーヴェンが「美しい五度」の響きを復活させたと評価しています。その他、グリーグの『ノルウェー舞曲』などのピアノ曲、ブルックナーの交響曲第9番第1楽章の終結、チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」の冒頭などにも空虚五度が見られます。

近代・現代音楽における空虚五度

近代以降の音楽では、空虚五度は東欧、スペイン、アジアなどの民族音楽を象徴する要素として、または調性音楽以前の古風な響きとして用いられることがあります。前者の例としては、バルトークの『ルーマニア民族舞曲』、ヤナーチェクの『シンフォニエッタ』、ストラヴィンスキーの『春の祭典』の「春のロンド」、ミュージカル映画『王様と私』の音楽、『燃えよドラゴン』のテーマなどが挙げられます。後者の例としては、ラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』、レスピーギの交響詩『ローマの祭り』などがあります。ドビュッシーは楽曲の中で積極的に五度の響きを使用し、『前奏曲集』の中だけでも、スペイン風（「途絶えたセレナード」）や教会風（「沈める寺」）など、様々な使用例が見られます。

ロックミュージックにおいては、ディープ・パープルの「スモーク・オン・ザ・ウォーター」のイントロが空虚五度の代表的な例として挙げられます。ロックでは同様の技法がパワーコードと呼ばれ、重要な要素となっています。

参考文献

オリヴィエ・アラン著、永富正之、二宮正之訳『和声の歴史』白水社、1969年
松平頼則 『新訂 近代和声学』音楽之友社、1970年
属啓成 『作曲技法』音楽之友社、1988年

関連項目

中世西洋音楽
ルネサンス音楽
バロック音楽
* 印象主義音楽

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