スターバト・マーテル (ハイドン)

スターバト・マーテル Hob.XXbis

フランツ・ヨーゼフ・ハイドンが1767年に完成させた「スターバト・マーテル Hob.XXbis」は、キリストの磔刑のもとで悲しむ聖母マリアを描いた中世の聖歌「スターバト・マーテル」を歌詞とする大規模な声楽作品です。全13曲で構成され、受難オラトリオのような性格を帯びています。演奏時間はおよそ1時間を要します。

作曲背景

ハイドンは1766年3月にエステルハージ家の楽長に正式に就任しました。それまで副楽長としてヴェルナーを支えていましたが、彼の死を受けて楽長となり、特に宗教作品の創作に力を入れ始めました。「チェチリア・ミサ」に続く形で書かれたこの「スターバト・マーテル」も、楽長就任後の重要な宗教作品の一つです。自筆譜は現存していませんが、1768年にハイドン自身が記した手紙の中で、前年にこの曲を作曲したことに言及しているため、1767年の作と考えられています。作曲にあたっては、当時のウィーンの教会音楽、特に著名な作曲家であったヨハン・アドルフ・ハッセからの影響が見られ、ハイドンは完成した楽譜の写しをハッセに送ったと伝えられています。

音楽的特徴と編成

この作品の音楽は、全体的に遅いテンポの楽曲が多く、短調と長調の楽章が対比的に配置されているのが特徴です。これは、ハイドンが後年に作曲した受難劇「十字架上のキリストの最後の7つの言葉」の声楽版にも通じる構成的な要素と言えます。

編成は、ソプラノ、アルト、テノール、バスの独唱者、4部合唱、そしてオーケストラによっています。オーケストラの内訳は、オーボエ2（うち2曲ではコーラングレに持ち替える）、弦楽器、オルガンです。コーラングレは、同時期に書かれた「大オルガン・ミサ」でも用いられており、ハイドンがこの楽器を好んで使用していたことがうかがえます。

受容と評価

「スターバト・マーテル」は、作曲後比較的早い時期から注目を集めました。1771年3月29日には、ウィーンの重要な教会であるマリア・トロイ教会（ピアリスト教会）で演奏が行われています。1780年代に入ると、この作品はウィーンのみならずヨーロッパ各地で高い評価を受けるようになり、広く知られるようになりました。特にパリでは、1781年に権威ある演奏会シリーズであるコンセール・スピリチュエルで初演され、その好評を受けて計4回も再演されるほどの人気を博しました。ロンドンやドイツ各地、さらにはローマでも演奏された記録があり、ハイドンの晩年の大作「天地創造」が登場するまで、彼の最も有名な声楽曲の一つとして位置づけられていました。1803年には、ハイドンの弟子であったヨーゼフ・ヴァイグル・ノイコムによってオーケストレーションが改訂されています。これは、ハイドンがこの年以降、年ごとのミサ曲作曲を取りやめた可能性があり、その代替として演奏された可能性があると考えられています。

歌詞について

この作品の歌詞は、伝統的な「スターバト・マーテル」のテキストを基本としていますが、部分的に異同が見られます。特に第12曲の「Fac me cruce」にあたる部分は、本来の聖歌の第19詩節には存在せず、他の作曲家による「スターバト・マーテル」作品にもほとんど例が見られないハイドン独自の、あるいは当時使用されていた特定のバージョンに基づいたテキストである可能性が指摘されています。

構成一覧（全13曲）

1. Stabat Mater dolorosa (ラルゴ、ト短調) - テノール独唱と合唱
2. O quam tristis (ラルゲット、変ホ長調) - アルト独唱
3. Quis est homo (レント、ハ短調) - 合唱
4. Quis non posset (モデラート、ヘ長調) - ソプラノ独唱
5. Pro peccatis (アレグロ・マ・ノン・トロッポ、変ロ長調) - バス独唱
6. Vidit suum (レント、ヘ短調) - テノール独唱
7. Eia Mater (アレグレット、ニ短調) - 合唱
8. Sancta Mater (ラルゲット、変ロ長調) - ソプラノとテノールの独唱
9. Fac me vere (ラグリモーゾ、ト短調) - アルト独唱
10. Virgo virginum praeclara (アンダンテ、変ホ長調) - 独唱者たちと合唱
11. Flammis orci ne succendar (プレスト、ハ短調) - バス独唱
12. Fac me cruce (モデラート、ハ長調) - テノール独唱
13. Quando corpus (ラルゴ・アッサイ、ト短調) - ソプラノ、アルトの独唱と合唱（最後の「Paradisi gloria」はソプラノ独唱と合唱によるト長調のアーメン・フーガ）

この「スターバト・マーテル」は、ハイドンが楽長として宗教作品に力を入れ始めた時期の重要な成果であり、彼の声楽作品の発展を知る上で欠かせない作品と言えます。

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