スペインの時

モーリス・ラヴェル『スペインの時』解説

『スペインの時』（L'heure espagnole）は、モーリス・ラヴェルが作曲した1幕もののオペラであり、ラヴェル自身が「コメディ・ミュジカル」（音楽喜劇）と称しています。フラン・ノアンによる同名の原作を基にしたリブレットも、ノアン自身が手がけました。1911年にパリのオペラ＝コミック座で初演され、その斬新な内容と音楽で聴衆を魅了しました。

作曲の経緯

ラヴェルは1907年にフラン・ノアンの笑劇『スペインの時』を観劇し、そのユーモラスな内容に感銘を受け、作曲を決意しました。作者の許可を得てすぐに作曲に取り掛かりましたが、初演はすぐには実現しませんでした。オペラ＝コミック座の支配人が、その内容のきわどさから聴衆の反応を懸念し、受理を保留したためです。

初演と評価

1911年の初演は、マスネのオペラ『テレーズ』との同時上演という形で行われました。この組み合わせによって、『スペインの時』の辛辣なユーモアが一層際立つこととなりました。初演時の聴衆の反応は賛否両論で、憤慨する者もいれば、熱狂する者もいました。

批評家たちの評価も分かれました。ラヴェルの音楽を高く評価する声がある一方で、その冷徹な作風に違和感を覚えるという意見もありました。しかし、全体としては、ラヴェルの音楽的才能と、オペラ・ブッファの伝統に根ざした革新的な試みが評価されました。

その後、『スペインの時』は世界各地で上演されるようになり、イギリスやアメリカでも初演を迎えました。また、フランスではパリ・オペラ座で、イタリアではミラノ・スカラ座で上演されるなど、その人気は広がり続けました。

日本での初演は1961年に行われました。

音楽的特徴

『スペインの時』は、活気に満ちた音楽と、登場人物たちの会話劇が特徴的な作品です。ラヴェルは、オペラ・ブッファの伝統に立ち返り、フランス語の抑揚を生かした柔軟な音楽と、コメディア・デラルテのような登場人物たちを通して、ユーモアと風刺に満ちた世界を描き出しています。

この作品では、スペイン風の旋律やリズムが効果的に用いられており、現代的なオーケストラがヴィルトゥオーゾ的に活用されています。また、ラヴェルは、音楽によって喜劇的な効果を強調し、誇張することを意図しました。グリッサンドやティンパニの打音、抒情的なメロディなど、様々な音楽的要素が、物語のユーモラスな展開を彩っています。

菅野浩和は、本作を「内容的には喜歌劇風だが、常に生き生きとした、音楽化された会話によって運ばれている」と評しています。アリアやレチタティーヴォが場面によって明確に区別されることはなく、自然に移り変わって行く点も特徴的です。また、登場人物の動きはマリオネット的であり、風刺画を連想させる要素も含まれています。

ラヴェル自身も、本作のユーモアは「純粋に音楽的なもの」であると述べています。言葉に珍妙なアクセントを付けるのではなく、奇抜な和声、リズム、メロディ・ライン、オーケストレーションによって笑いを生み出すことを目指したのです。

あらすじ

舞台は18世紀のトレドの時計店。時計職人の妻コンセプシオンは、夫の留守中に愛人たちとの浮気を楽しもうと企んでいます。しかし、ひょんなことからラバ曳きのラミロが店に現れ、時計の修理を依頼します。コンセプシオンはラミロを邪魔に思いながらも、彼を利用して振り子時計を二階に運ばせようとします。

そこに、詩人のゴンサルヴェや銀行家のイニーゴといった愛人たちが次々と現れ、コンセプシオンを口説き始めます。彼女は、愛人たちを振り子時計の中に隠したり、別の時計を運ばせたりと、あの手この手で浮気を試みますが、事態は思わぬ方向に展開していきます。

最終的に、コンセプシオンは、力自慢のラミロに魅力を感じ、彼を二階の部屋へと誘います。そして、店に帰ってきた夫の前で、愛人たちは時計を買う羽目になるという、ドタバタ劇が繰り広げられます。

オペラの最後は、5人による愉快な五重唱で締めくくられます。"役に立つ恋人を一人だけ選べ"という教訓が歌われ、物語は幕を閉じます。

楽器編成

木管楽器: ピッコロ、フルート2、オーボエ2、コーラングレ、クラリネット2、バスクラリネット、バスーン2、サリュソフォーン
金管楽器: ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、コントラバスチューバ
打楽器: ティンパニ、時計の振り子、大太鼓、小太鼓、シンバル、チューブラーベル、カスタネット、ラチェット、グロッケンシュピール、スレイベル、スプリング、タンブリン、タムタム、トライアングル、むち
弦楽器ほか: 弦5部、チェレスタ、ハープ2、シロフォン

登場人物

主要な登場人物は、時計職人の妻コンセプシオン、その夫トルケマダ、ラバ曳きのラミロ、詩人のゴンサルヴェ、銀行家のイニーゴです。それぞれのキャラクターが、物語のユーモラスな展開に大きく貢献しています。

まとめ

『スペインの時』は、ラヴェルの音楽的才能とユーモアセンスが凝縮された傑作です。風刺と笑いに満ちた物語、生き生きとした音楽、個性的な登場人物たちが織りなす世界は、観る者を魅了し、忘れられない体験をもたらしてくれるでしょう。

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