スロイスの海戦

スロイスの海戦：百年戦争の転換点

1340年 6月24日、百年戦争において重要な転換点となるスロイスの海戦が、現在のオランダ領ゼーラント州スロイス（フランス語名：エクリューズ）沖で勃発しました。この海戦でイングランド海軍はフランス海軍を大敗させ、ドーバー海峡の制海権を掌握しました。百年戦争におけるレ・ゼスパニョール・シュール・メールの海戦、1372年のラ・ロシェルの海戦と並ぶ、三つの重要な海戦の一つに数えられています。

戦争の背景：膠着状態からの脱却

1337年にフランスへ宣戦布告したイングランド王エドワード3世は、神聖ローマ皇帝ルートヴィヒ4世との同盟や低地諸侯の雇用を通して北フランスへの侵攻を試みました。しかし、フランス王フィリップ6世の消極的な対応と低地諸侯の戦意低下により、目立った成果を上げることができず、資金も枯渇していました。

そこでエドワード3世は戦略転換を図り、フランドル都市連合と同盟を結びました。アルテベルデの指導の下、フランドル伯を追放して自治政府を樹立していたフランドル都市連合との連携は、新たな兵と資金調達のために不可欠でした。王妃フィリッパをブルッヘに残し、エドワード3世自身はイングランドへ戻り、兵と資金の調達に奔走しました。ブルッヘへの兵駐屯は、フランスへの軍事圧力として機能していました。

一方、フランスはノルマンディーとジェノヴァ傭兵からなる大規模な海軍を組織し、イングランドへの侵攻を企てていると噂されていました。イングランドは、議会を開いて資金を調達し、シンク・ポーツ（五港）などから可能な限りの船舶と兵員を集結させ、フランドルへと向かいました。このシンク・ポーツは、イングランド南東部の主要な港湾都市であり、海防の任務を担う見返りに様々な特権が与えられていました。

激戦：スロイス沖の攻防

フランス海軍はスロイス港に集結しており、エドワード3世の手紙によると、その数は190隻に達していました。フランス海軍の指揮官は、提督ユーグ・キエレ、陸軍司令官ニコラ・ベユーシェ、そしてジェノヴァ傭兵船長バルバヴェーラでした。ベユーシェは財務専門の法曹家であり、キエレはボーケール（現ガール県）のセネシャル（代官）を務めていました。

イングランド艦隊は約200隻と伝えられていますが、この中には兵士だけでなく、貴族やその夫人、さらには王妃フィリッパへの謁見に向かう郷紳の夫人たち、侍女など多くの非戦闘員や輸送船が含まれていました。そのため、多くのイングランド歴史書は、戦力においてはフランスが優勢であったと記しています。フロワサールやジェフリー＝ベイカーといった史料には、フランス艦隊の圧倒的な規模と戦闘準備の万全さが描写されています。

しかし、イングランド軍は、長弓兵3,000～4,000人とマン・アット・アームズ1,500人、水兵、その他の部隊から構成される精鋭部隊でした。一方のフランス軍は、マン・アット・アームズ150人、武装水兵約2万人、クロスボウ兵500人を擁していました。

バルバヴェーラは海上での戦闘を提案しましたが、ベユーシェは港内に留まって船を鎖で繋ぎ、要塞のような防御陣を構築することを決定しました。両軍ともガレー船は少なく、主に商船であるコグ船を使用していました。バルバヴェーラは、自らのガレー船部隊20隻でイングランド艦隊の一部と交戦し、エドワード3世を負傷させて離脱しました。しかし、エドワード3世はすぐに回復し、24日の朝にフランス艦隊との決戦に臨みました。

長弓兵の活躍とイングランドの勝利

イングランド艦隊は風上、太陽を背にした有利な位置を占め、3列に編成されました。先頭列の船には多数の長弓兵が配置され、フランス艦隊に近づくと一斉射撃を開始しました。フランスのクロスボウによる反撃はイングランドの長弓兵の前に及ばず、イングランド軍は正面と側面から攻撃を仕掛けました。海戦は白兵戦となり、長弓兵の支援を受けたイングランド兵が優勢に戦いを進めました。夕方にはフランドル艦隊約50隻が参戦し、イングランドの勝利を決定づけました。

マーティン・J・ドアティーは、長弓兵の戦術的有効性を指摘し、ワーテルローの戦いにおいても火器に代わる有効な戦力となりえた可能性を示唆しています。これは、火器の普及がその扱いやすさと兵士の訓練速度を重視した結果であることを示しています。

戦後の影響と百年戦争の継続

フランス艦隊はほぼ全滅し、多数の死傷者を出しました。フランスの両指揮官も戦死、または捕虜となって処刑されたと伝えられています。イングランド側の損害については諸説あります。この勝利によりイングランドはドーバー海峡の制海権を掌握し、フランスへの本格的な侵攻が可能となりました。また、フランス王や諸侯はエドワード3世のフランス王位請求を軽視していましたが、スロイスの海戦の勝利は、その主張に現実味を与えることになりました。

両国は同年中に休戦条約を結びましたが、これは新たな戦争準備のための時間稼ぎであり、1341年にはブルターニュ継承戦争やスコットランドへのデイヴィッド2世帰国などにより、百年戦争は長期化する方向へ進んでいきました。フランスは新たな提督を任命し、イングランドは海軍力の強化を図り、ブルターニュへの拠点建設を進めました。スロイスの海戦は百年戦争の帰趨に大きな影響を与えた重要な海戦であったと言えるでしょう。

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