セルゲイ・タルノフスキー

セルゲイ・ヴラディミロヴィチ・タルノフスキー（Sergei Vladimirovich Tarnowsky, 1882年 11月3日 – 1976年 3月22日）は、帝政ロシアに生まれ、20世紀にわたり演奏家および音楽教師として活動し、後世に大きな影響を与えた音楽家です。特に、史上最も偉大なピアニストの一人とされるヴラジーミル・ホロヴィッツの若き日の重要な師として、その名は今なお音楽史に刻まれています。

幼少期と音楽教育

タルノフスキーは現在のウクライナの首都キーウに生まれました。母親はイタリア留学経験を持つ声楽家、父親は法律家という家庭環境で育ち、幼い頃から音楽家たちが頻繁に出入りする中で、自然と音楽、特にピアノへの強い関心を抱くようになりました。8歳からはワルシャワ音楽院卒業生のヘンリク・ボビンスキに師事し、ピアノの基礎を学びました。その後、19歳になる頃には、ロシア音楽界の中心地であったサンクトペテルブルクに移り、ペテルブルク音楽院に入学。伝説的なピアニストであり優れた教育者でもあったアンナ・エシポワのもとで高度な音楽教育を受けました。音楽院での学びは実り多く、卒業に際しては金メダルと、アントン・ルビンシテインを記念した栄誉ある賞を授与されるなど、その才能は早くから認められていました。

演奏家としてのキャリア

音楽院卒業後、タルノフスキーは教師としてオデッサに赴任しましたが、教育活動と並行して精力的な演奏活動も展開しました。オデッサ滞在中には、当時高名な指揮者であったワシーリー・サフォーノフと共演し、その演奏はサフォーノフに深い感銘を与えました。サフォーノフの尽力により、タルノフスキーはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との共演機会を得ることができ、3週間にわたりチャイコフスキー、ラフマニノフのピアノ協奏曲、そしてアレンスキーの幻想曲などを演奏しました。この成功を機に、彼はヨーロッパ各地での演奏旅行を行い、国際的なピアニストとしての地位を確立しました。ローマでの演奏会では、ラフマニノフの《ピアノ協奏曲第1番》を披露した後、聴衆の中にいたリヒャルト・ワーグナーの妻、コジマ・ワーグナーから直接祝福を受けたという有名な逸話も残っています。ヨーロッパでの多忙な演奏旅行の合間には、マリインスキー劇場でアルバート・コーツ指揮のオーケストラと共演するなど、ロシア国内でも活動を続けました。

著名な教育者として

タルノフスキーの音楽史における最も重要な貢献の一つは、教育者としての活動です。彼は後にキエフ音楽院のピアノ科教授に就任し、多くの才能あるピアニストを育て上げました。その中でも最も特筆すべきは、後の伝説的な存在となるヴラジーミル・ホロヴィッツです。1914年から1919年にかけて、タルノフスキーは当時まだ少年であったホロヴィッツの才能を見抜き、指導を行いました。ホロヴィッツは11歳から16歳までの間、フェリックス・ブルーメンフェリトに師事するまでは、タルノフスキー以外の師を持たなかったとされています。タルノフスキーは、ホロヴィッツの初期の音楽形成に深く関わったのである。ホロヴィッツ以外にも、アレクサンドル・ユニンスキー、ヴラディーミル・ヤンポリスキー、アナトール・キタインといった、国際的に活躍したピアニストや音楽家たちが彼の門下から巣立っています。

移住とアメリカでの新たなキャリア

1928年、タルノフスキーは著名な作曲家アレクサンドル・グラズノフの養女と結婚し、文化の中心地パリへと移り住みました。しかし、当時の不安定なヨーロッパ情勢などを背景に、1930年にはアメリカ合衆国への移住を決断します。新天地アメリカでは、1933年からシカゴにあるディ・ポール大学附属音楽院で教員として迎えられ、再び教育活動を開始しました。アメリカでも彼は教育者としてだけでなく、演奏家としても活動を続けました。ヴァイオリニストのナタン・ミルシテイン、ヴィオリストのウィリアム・プリムローズ、チェリストのラヤー・ガールブゾヴァ、ソプラノ歌手のマリア・クレンコなど、当時のアメリカで活躍していた一流の音楽家たちと共演しました。マリア・クレンコとは、チャイコフスキーの歌曲を収めたアルバムを録音するなど、録音にも取り組みました。

晩年の活動と影響

アメリカ移住後、タルノフスキーは後に門下生であったマクシン・マトラヴィシュと再婚し、温暖な気候のカリフォルニア州に居を構えました。1940年代以降は、その卓越した指導法が評判を呼び、ロサンゼルスを中心とした南カリフォルニアで引っ張りだこのピアノ教師となりました。晩年も多くの若いピアニストを指導しましたが、その中で彼はキューバ出身のヴィルトゥオーゾ・ピアニスト、オラシオ・グティエレスの才能に強く惹かれ、「ホロヴィッツ以降に出会った中で最も偉大なピアニストだ」と最大級の賛辞を送っていたといいます。セルゲイ・タルノフスキーは、1976年 3月22日に93歳でその生涯を終えるまで、演奏を通じて聴衆を魅了し、そして教育を通じて数多くの優れた音楽家を育成し、世界の音楽界に貢献し続けました。

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