ソコト帝国

現在のナイジェリア北部に位置したソコト帝国（アラビア語: دولة الخلافة في بلاد السودان）は、19世紀初頭にイスラーム改革運動（ジハード）を率いたウスマン・ダン・フォディオによって建国され、およそ1世紀にわたる歴史を持ち、1903年にイギリスの支配下に入るまで存続しました。この国家はその首都ソコトにちなんで名付けられましたが、後には「フラニ帝国」、「ソコト・カリフ国」、「ソコト太守国」といった多様な名称でも呼ばれています。

歴史

背景と建国

ソコト帝国成立以前、このハウサ地方にはイスラームが伝来し、いくつかのハウサ諸王国が興隆していました。しかし、これらの国家は周辺勢力の支配を受けたり、その衰退に乗じて独立性を強め商業を活発化させたりと、不安定な歴史を辿っていました。

帝国の建国者であるウスマン・ダン・フォディオは、西アフリカに広く分布していたフルベ人の学者の家系に生まれました。彼は敬虔なムスリムであり、当時のゴビール王国の統治がイスラームの教えに反していると批判し、多くの民衆から支持を集めました。ウスマンはムスリム共同体を組織しましたが、その勢力が増大するにつれてゴビール王に脅威と見なされ、1804年2月に国外追放されることとなりました。

ジハードと帝国の拡大

追放されたウスマンは、信徒たちの推挙を受けて指導者となり、同月、ハウサ諸王国の支配を打破すべくジハードを宣言しました。当初、ジハード軍はハウサ人ムスリムが中心でしたが、強力なハウサ諸王国の軍に対抗するため、遊牧フルベ人も加わりました。このフルベ人の参加は、ジハードがフルベ人による支配権力獲得という側面を持つことにつながり、一部のハウサ人ムスリムの離反を招いたという見方もあります。

ウスマンはグワンドゥを拠点に、敵対勢力を打ち破り、ハウサ地方の主要な領域を次々と支配下に置きました。1809年までに、改革の呼びかけを拒否した全てのハウサ諸王国は征服されました。ジハードはハウサ地方を越え、周辺地域にも拡大しました。

広大な領域を効率的に統治するため、ウスマンは各地域に指揮官を任命しました。これらの指揮官は勝利後、ソコト帝国の下位国家である首長国のアミール（首長）に任じられました。旧ハウサ諸王国は首長国として再編成され、新たな首長国も多数形成されました。初期に任命されたアミールの大多数はフルベ人でした。

ムハンマド・ベロの統治と安定化

1812年、ウスマンは自身の神学研究のために、息子のムハンマド・ベロを東部（ソコトを拠点）の統括者に任じました。ウスマンの死（1817年）後、ベロは各地の有力者の支持を得てカリフおよびスルターンとして帝国の最高指導者となりました。即位直後には反乱が発生するなど困難に直面しましたが、次第に統治体制を固めていきました。

1820年頃にジハードが鎮静化すると、ベロは外敵からの侵入に備え、辺境に「リバート」と呼ばれる城塞基地を建設しました。これにより地域の安定化が図られました。また、遊牧民の定住化も推進されました。1830年までには帝国の国境線が確定し、その領域は東はカネム・ボルヌ帝国、西は現在のブルキナファソ、南はヨルバランド、北はサハラ砂漠の縁にまで達しました。この国境は19世紀末までほぼ維持されました。

社会と経済

ソコト帝国は、フルベ人、ハウサ人、ヌペ人、ヨルバ人など多様な民族で構成された多民族国家でした。フルベ人は支配的地位にありましたが、他の民族との混血や文化融合が進み、現代ナイジェリアのハウサ・フルベ人へと繋がる集団が形成されました。

経済においては、タカラガイが広く通貨として使われましたが、ヨーロッパの銀貨も流通していました。奴隷制は帝国の財政を支える重要な基盤であり、非ムスリムの捕虜が奴隷とされました。カノなどの主要都市には奴隷市場が存在し、奴隷は主要な交易品の一つでした。奴隷は労働力としてだけでなく、布・衣服産業などの専門分野でも重用されました。

税制はイスラーム法に基づいてザカートなどが徴収され、非ムスリムには人頭税（ジズヤなど）が課されました。また、道路通行税や市場税なども存在しました。

カノは帝国の重要な商都として繁栄し、特に布・衣服産業が発達しました。その商圏は北アフリカや中央スーダンにまで及ぶ広大なものでした。

統治と司法

ソコト帝国はカリフを君主とする体制でしたが、君主は宗教指導者としてのカリフと政治的統治者としてのスルターンの側面を持ち、ハウサ語の「Sarkin Messulmi」（ムスリムの王）という称号もよく用いられました。スルターンの下に各地のアミールが首長国を統治し、スルターンに忠誠と貢納を誓いました。スルターンを補佐する大臣（ワジリ）は、スルターンとアミールの間の調整役を務め、貢納の徴収を監督しました。

司法はシャリーアに基づいて行われ、カーディー（裁判官）が裁判を司りました。司法の管轄は主にアミールに委ねられましたが、ムスリムの死刑判決にはカリフの承認が必要でした。建国者ウスマン・ダン・フォディオの著作は、法学的な規範として帝国の統治において重要な役割を果たしました。

軍事

ジハード期には常備軍と騎兵隊がありましたが、帝国拡大後は中央集権的な軍事組織は弱まり、各首長国が自らの軍隊で地域の防衛を担いました。外部からの鉄砲の流入が制限されたため、帝国の軍事力の中核は騎馬隊でした。フルベ人の優れた騎馬術がこれを支えましたが、山岳地帯などでは活動が制限されるという弱点も抱えていました。

宗教と文化

ソコト帝国はイスラームを国教とし、支配地域におけるイスラーム化を推進しました。建国者ウスマン自身が神秘主義教団カーディリーヤに属しており、その影響は帝国全体に及びました。イスラームの奨励は識字率の向上をもたらし、多様な分野で学問が発展しました。アラビア語に加え、アラビア文字で表記されたフルベ語やハウサ語による著作も多数生み出されました。急進的なイスラーム化により享楽的な音楽は抑制されましたが、宗教歌が普及しました。また、イスラームは衣服文化を広め、貫頭衣などの着用が定着しました。

イギリスの進出と終焉

19世紀に入ると、ヨーロッパ列強のアフリカ分割の動きが活発化します。1884年のベルリン会議後、イギリスはナイジェリア北部への権益主張を強めました。1885年にはソコト帝国とイギリス商社NACの間で、広範囲の権利を譲渡する協定が結ばれ、これが後のイギリスによる支配の根拠とされました。

1897年、イギリスは西アフリカ辺境軍を創設し、フレデリック・ルガードを指揮官としました。ルガードは周辺地域を次々と武力制圧し、1900年1月1日には北部ナイジェリア保護領の設置を宣言、ソコト帝国全域をイギリス領としました。当時のソコト帝国は内部の対立や外部からの脅威に直面しており、イギリスはその最大の脅威となりました。抵抗を試みる首長国や、降伏を選択する首長国がある中、ソコトのスルターンは戦争を覚悟しました。

1903年、イギリスはケフィでの事件を契機に本格的な軍事行動を開始し、カノを経てソコトへと進攻しました。ソコト内部は対応を巡って混乱しましたが、同年3月21日にソコトは陥落し、ソコト帝国は崩壊しました。スルターンのアタヒルは脱出しましたが、追跡を受けて戦闘の末に死亡しました。

滅亡後の影響

帝国崩壊後、イギリスは旧ソコト帝国の行政機構を間接統治に利用しました。スルターンの地位は宗教的権威として存続しましたが、政治的権力は失われました。首長国の体制も植民地統治下の地方政府として維持され、その一部は現代のナイジェリアにも引き継がれています。ナイジェリア独立後も、旧ソコト帝国の支配層の系譜を引く人々は政治的に重要な役割を果たしました。

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