ゾミア

ゾミアとは

ゾミア（Zomia）は、東南アジア大陸部において、歴史的に低地の人口集積地に基盤を置く政府による支配が困難であった広大な山岳地帯を指す地理学用語です。この用語は、アムステルダム大学の歴史研究者ウィレム・ファン・シェンデルによって2002年に造語されました。

定義

ゾミアという名称は、インド、バングラデシュ、ミャンマーの国境地帯で話されるチベット・ビルマ語に由来し、共通して「高地民」を意味する「ゾミ（Zomi）」という言葉が元になっています。ファン・シェンデルの定義によれば、ゾミアは東南アジア山塊の250万平方キロメートル以上に広がり、約1億人もの人々が暮らしています。この地域は、南アジア、東アジア、東南アジアといった既存の地域区分を超え、8カ国の周縁部を含みながらも、それ自体で完結した地域を形成しています。ゾミアに住む人々の多様な生態系や国家との関わりは、多くの興味深い問題を提起しており、独自の研究対象であると共に、新しい地域研究の方法論を提示するものとして注目されています。

ゾミアの境界線は研究者によって見解が異なりますが、インドシナ半島北部（ベトナム北部とラオス全域）、タイとミャンマーの国境地帯にあるシャン高原、中国雲南省の山間部が含まれるという点では、概ね一致しています。一部の研究者は、西側の境界をチベットまで広げたり、インド北西部、さらにはパキスタン、アフガニスタンまで含めることもあります。これらの地域には、標高が高く、岩がちで植生が乏しい土壌、そして少数民族が暮らしているという共通の特徴があります。これらの人々は、国家の支配や影響から離れた場所で独自の文化を維持しており、ゾミアは、東南アジア各国の政府が少数民族を支配してきた歴史を考察する上でも重要な視点を提供します。

ジェイムズ・C・スコットの貢献

イェール大学教授のジェイムズ・C・スコットは、2009年に発表した著書『The Art of Not Being Governed: An Anarchist History of Upland Southeast Asia』において、ゾミアの概念を深く掘り下げました。スコットは、ゾミアに住む複数の民族の文化が継続している事実は、近代化の物語に対する異議申し立てであると主張しています。一般的な近代化の物語では、人々は近代的な技術や国家に触れると、いずれ同化すると考えられていますが、スコットはゾミアの人々が意識的に近代から距離を置き、地域に根ざした伝統的な生活様式を選んだと指摘しました。彼はゾミアを、国家に完全に組み込まれていない地球上で最大の地域と位置づけながらも、いつかは国家に吸収される日が来るかもしれないと述べています。

ゾミアには、平地とは異なる多様な言語が存在し、親族構造においても異なる特徴が見られます。ゾミアの社会も余剰生産を行いますが、それは王や僧侶を支えるために使われるのではなく、社会経済的な差異は存在するものの、谷間の世界ほど固定化されていません。

ゾミアに対する異論

しかし、ゾミアの概念には異論も存在します。ジャン・ミショーは、ゾミアの民族を論じる際に用いられる言語に矛盾があると指摘しています。彼は、「national minority groups（国民的少数集団）」という言葉が、民族の多国籍性や人口規模の大きさを無視していると主張しています。また、「group（集団）」という言葉も、すべての集団が持つとされる共同体意識を前提としている点に問題があるとしました。

また、2010年の『ジャーナル・オブ・グローバル・ヒストリー』誌に掲載された特集では、複数の東南アジア史研究者がスコットのゾミア論に対して意見を述べています。例えば、ヴィクター・リーバーマンは、高地の人々が政治的、自然的な環境に適応して社会を形成してきたという主張には同意しながらも、スコットの著書がミャンマー語の文献に基づかない点や、軍事的要因を過度に重視している点を批判しました。さらに、ボルネオの高地民がゾミアの民と類似した文化を持つにもかかわらず、低地の略奪的国家が存在しない状況で発展したという事例を挙げ、スコットの議論の限界を指摘しました。

トム・ブラスは、ゾミアを「国家を拒絶した人々」の避難場所とする考え方を批判し、民族誌的な証拠に基づかない理想化だと主張しました。ブラスは、高地民が自ら移住を選んだのではなく、低地の土地から追われた結果、高地に移住したと指摘しました。

一方、エドワード・ストリンガムとケイレブ・J・マイルズは、東南アジアの社会が数千年もの間、国家を避けてきたという歴史的、文化人類学的な証拠を分析し、国家を回避、反対、妨害してきた政治的主体が存在すると結論づけました。彼らは、ゾミアのような国家を持たない社会が、地理的な優位性、特別な生産様式、そして国家に対する文化的な抵抗を通じて、巧妙に国家を拒否してきたと主張しています。

また、歴史研究者からは、スコットのゾミア論が、滇王国、南詔国、大理国、アーホーム王国といった封建的な王国や、彝族の封建的な組織、シップソーンパンナーといった「国家」がゾミアの中心で存在していた事実を無視しているという批判もあります。

ポップカルチャーにおけるゾミア

ゾミアの概念は、ポップカルチャーにも影響を与えています。シンガポールのアート・ロックバンド、ジ・オブザーバトリーは、2014年の楽曲「Oscilla」でゾミアに言及し、既存のパラダイムを批判する視点を提供しています。また、テレビ番組「Crash Course World History, Rethinking Civilization」では、文明社会から逃避した人々の例としてゾミアが紹介されています。

まとめ

ゾミアは、東南アジアの山岳地帯における国家と社会の複雑な関係を理解するための重要な概念です。この概念は、国家という枠組みを超えた多様な文化や歴史を考察する上で、新たな視点を提供すると同時に、国家の支配が及ばない地域に生きる人々の生活様式を通して、既存の社会システムを問い直すきっかけを与えてくれます。

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