タシスム

タシスム（Tachisme）は、フランス語の「tache（染み）」に由来する言葉で、1940年代から1950年代にかけてフランスを中心に展開された抽象絵画の様式の一つです。この言葉は、当初は批評家によって新しい抽象絵画、特にジョルジュ・マチューらの作品に対して「しみ（汚点）のようだ」という批判的な意味合いで用いられました。しかし、批評家のシャルル・エスティエンヌがこの言葉を逆手に取り、タシスムという概念を理論化しました。

歴史的背景と特徴

タシスムは、第二次世界大戦後のヨーロッパにおける、激しい感情を込めた抽象表現の流れであるアンフォルメルの一部として位置づけられます。アンフォルメルとは、「不定形」や「非定型」を意味し、既存の形式や構造にとらわれない自由な表現を追求する芸術運動です。タシスムは、このアンフォルメルの流れの中で、特に感情の爆発や無意識の動きを重視した表現を特徴としています。また、タシスムは「叙情的抽象」という用語でも表現されることがあります。

タシスムは、キュビズムなどの幾何学的抽象に対する反動として現れました。幾何学的抽象が理知的でクールな表現を特徴とするのに対し、タシスムはより感情的で奔放な表現を追求しました。その表現は、無意識的な筆の動き、チューブから直接絞り出した絵具の斑点や滴り、書道を思わせる走り書きなどによって特徴づけられます。これらの技法は、偶然性や即興性を重視し、画家の内面的な感情や衝動をダイレクトに表現することを可能にしました。

タシスムは、抽象表現主義やアクション・ペインティングとも関連付けられることがあります。特にアメリカの抽象表現主義との関連性が指摘されることがありますが、タシスムはヨーロッパ的な文脈の中で独自の展開を遂げました。抽象表現主義が巨大なキャンバスを使い、身体全体を使ったアクションを特徴とするのに対し、タシスムはより繊細な筆遣いや、絵具の物質感を強調した表現を特徴とする傾向があります。

主な作家

タシスムの代表的な作家としては、以下のような画家が挙げられます。

ジャン・デュビュッフェ（Jean Dubuffet, 1901-1985）：独特の物質感を持つテクスチャを用いた作品が特徴的です。
ジャン・フォートリエ（Jean Fautrier, 1898-1964）：厚塗りの絵具による抽象的な表現を追求しました。
サム・フランシス（Sam Francis, 1923-1994）：色彩豊かな抽象表現で知られています。
ハンス・アルトゥング（Hans Hartung, 1904-1989）：筆致を活かした奔放な抽象表現が特徴です。
ジョルジュ・マチュー（Georges Mathieu, 1921-2012）：激しい筆致と色彩によるアクション・ペインティングを展開しました。
アンリ・ミショー（Henri Michaux, 1899-1984）：詩人としても活動し、書道の筆致を思わせる作品を制作しました。
ピエール・スーラージュ（Pierre Soulages, 1919-）：黒色の濃淡を追求した抽象表現で知られています。
アントニ・タピエス（Antoni Tapies, 1923-2012）：物質感を重視した作品で知られています。
ヴォルス（Wols (Alfred Otto Wolfgang Schulze), 1913-1951）：即興的な筆致による抽象表現を追求しました。
セルジュ・ポリアコフ（Serge Poliakoff, 1900 – 1969）：幾何学的な形態と色彩の組み合わせによる抽象絵画を制作しました。

これらの作家たちは、それぞれ独自のスタイルを持ちながら、タシスムの自由で感情的な表現を体現しました。彼らの作品は、20世紀後半の抽象絵画に大きな影響を与え、今日においても多くの人々に感動を与え続けています。

タシスムの影響

タシスムは、その後の抽象絵画だけでなく、現代美術にも大きな影響を与えました。偶然性や即興性を重視した表現は、現代美術の多様な表現手法に繋がっています。また、タシスムの自由な精神は、既存の価値観にとらわれない新しい表現を追求する原動力となりました。

タシスムは、単なる絵画の様式にとどまらず、感情や衝動を表現する人間の根源的な欲求を反映した芸術運動として、その意義を再評価され続けています。

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