タッシリ・ナジェール

タッシリ・ナジェール：砂漠に刻まれた自然と文化の記憶

アルジェリア南東部のサハラ砂漠に位置するタッシリ・ナジェールは、500kmにも及ぶ広大な台地状の山脈です。最高地点は2158mのAdrar Afao。周辺の砂漠地帯とは一線を画す、独自の生態系と景観、そして古代文明の痕跡を今に伝える貴重な場所として知られています。

地質と景観

タッシリ・ナジェールの山脈は、その大部分が砂岩で形成されています。長年の浸食作用によって形成された300もの自然石のアーチは、息をのむほどです。また、この地域には淡水の湧水や湿地、地下カルスト水系も存在し、乾燥したサハラ砂漠の中では特異な環境を作り出しています。

独自の生態系

砂岩に含まれる水分と標高のおかげで、タッシリ・ナジェールは周囲の砂漠地帯に比べて植物が生育しやすい環境です。山脈の東部高地には、絶滅危惧種であるサハラ特有のイトスギ（サバクヒバ）をはじめ、オリーブの亜種であるOlea europaea subsp. laperrinei、Myrtus nivelleiなど、貴重な植物群生地が点在しています。また、バーバリーシープやドルカスガゼルなどの動物、トカゲやヘビなどの爬虫類、そして4種類の魚類が生息しています。

この地域は、西サハラ山岳乾燥樹林というエコリージョンに属しており、タッシリ・ナジェールの生態系は、このエコリージョンを代表するものとして重要な位置を占めています。

タッシリ・ナジェールという名前は、トゥアレグ語で「河川の台地」「水流の多い大地」を意味します。この名前が示すように、かつてこの地域は現在よりもずっと湿潤な気候であり、豊かな自然に恵まれていたと考えられています（サハラポンプ説）。

先史時代の岩絵群

タッシリ・ナジェールは、先史時代の岩絵群が数多く残されていることでも有名です。これらの岩絵は、一帯がサバンナのような湿潤な環境であった新石器時代に描かれたものとされています。描かれているのは、牛の群れやワニなどの大型動物、そして人々の狩猟や舞踏などの活動の様子です。これらの岩絵は、当時の人々の生活や文化を今に伝える貴重な資料となっています。

岩絵の様式は、南アフリカの先住民サン族が描いた洞窟壁画などとの類似性も指摘されています。

世界遺産としての価値

タッシリ・ナジェールは、以下の世界遺産登録基準を満たし、ユネスコの世界遺産に登録されました。

(1): 人類の創造的才能を表現する傑作であること。
(3): 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠であること。
(7): ひときわすぐれた自然美及び美的な重要性をもつ最高の自然現象または地域を含むこと。
(8): 地球の歴史上の主要な段階を示す顕著な見本であること。

タッシリ・ナジェールは、その独特な自然景観と生態系、そして古代文明の痕跡を今に伝える貴重な場所として、世界的に重要な価値を持つと認められています。

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