タリシュ人

タリシュ人とは

主にアゼルバイジャン共和国とイラン・イスラム共和国の国境地帯、特にカスピ海沿岸から南コーカサスにかけての地域に居住するイラン系民族です。彼らは西イラン語群に属するタリシュ語を話すほか、居住国であるアゼルバイジャンやイランの公用語も用いています。歴史的には、アゼルバイジャン側の居住者は「Talish-i Gushtasbi」として知られていました。イランには「Talesh」という名称の行政区分も存在します。居住地域外へ移住した人々も少なくありません。

人口

タリシュ人の正確な人口統計を把握することは困難です。これは、信頼できる情報源が限られていること、他の民族との結婚による混血、そしてタリシュ語話者の減少などが複合的な要因として挙げられます。

過去の統計を見ると、1897年のロシア帝国国勢調査ではバクー県に3万人強、1926年のアゼルバイジャン・ソビエト社会主義共和国の調査では7万人強が記録されています。しかし、1959年から1989年のソビエト連邦時代、タリシュ人は公式な国勢調査で独立した民族として扱われず、イラン系の言語を用いるにもかかわらず、トルコ語系のアゼルバイジャン人と同一視されるなど、独立した民族としての統計が取られない時期がありました。

ソ連崩壊後、アゼルバイジャン共和国での調査では、1999年に約7万7千人、2009年には約11万2千人と報告されています。しかし、研究者やタリシュ人の民族主義者たちは、公式統計への登録における問題などを理由に、これらの数値は実際の人口を大幅に下回っていると主張しています。中には、アゼルバイジャン南部だけでも50万人のタリシュ人が存在するという説や、アゼルバイジャンとイランを合わせて約100万人、さらに国外移住者を含めるとそれ以上になるとする主張もあります。イラン国内の統計では、1983年に約10万人とされています。

特徴

遺伝学的特徴

Y染色体ハプログループの分析によると、タリシュ人は遺伝的にレバントの人々と比較的近い関係にあることが示唆されています。新石器時代のレバントにおける農耕の拡大と共に広がったとされるハプログループJ2が、サンプルの25%以上から検出されています。また、ハプログループR1も一定の割合で見られますが、中央アジアを含む東部インド・ヨーロッパ語族に特徴的なR1a1の検出頻度は低い傾向にあります。

文化的特徴

言語

彼らの主要言語であるタリシュ語は、西イラン語群の北西群に属し、ペルシア語に類似性があります。アゼルバイジャン南部とイラン北部に居住するタリシュ人の間では、使用される方言に顕著な違いが見られます。近年、アゼルバイジャン政府などがタリシュ語よりもアゼルバイジャン語やペルシャ語の使用を推奨しているため、タリシュ語話者は減少傾向にあり、2009年にはユネスコから「脆弱（Vulnerable）」な言語に分類されています。

宗教

宗教はシーア派イスラム教が多数を占めますが、スンニ派を信仰する人々もいます。また、古くから大地や樹木の霊に対する信仰の伝統も持ち続けており、居住地域には霊力を持つとされる特定の木々が存在すると言われています。

その他

食文化においては、米や魚を多用する傾向があります。特に有名なのは、魚や鶏の内臓にクルミや香草を詰めて焼くレヴェンギという料理です。現在の生活様式は、多くの場合、一般的なアゼルバイジャン人のそれとほぼ同一ですが、農林水産業に従事する人の割合が比較的高めです。伝統的な手工芸としては、絨毯製作が受け継がれています。

歴史

タリシュ人の起源は遊牧民にあると見られており、紀元前7世紀頃にイラン北部を支配したメディア人の末裔を自称しています。

近代では、1747年にカスピ海南西岸にタリシュ・ハン国が成立しました。しかし、第二次ロシア・ペルシャ戦争後の1828年、トルコマーンチャーイ条約によりロシア帝国の一部となり、その独立性を失いました。ロシア革命後には、短期間ながら親ボリシェヴィキのムギャーン・ソビエト共和国がこの地域に樹立されましたが、すぐにアゼルバイジャン民主共和国に吸収されました。

ソビエト連邦初期には、タリシュ語の学校、新聞（「Red Talysh」）、書籍なども存在しましたが、スターリン体制下で1930年代末までにこれらの活動は抑圧されました。学校は閉鎖され、民族主義者たちはグラグに収容され、タリシュ語のメディアは廃止され、公式統計からもタリシュ人は独立した民族として認識されなくなりました。

ソビエト連邦崩壊後の混乱期である1993年、アゼルバイジャン南東部にタリシュ・ムギャーン自治共和国の設立が宣言されましたが、タリシュ人自身の広範な支持を得られず、短期間のうちに指導者が逮捕され消滅しました。

現代において、タリシュ人の居住地域はアゼルバイジャンとイランの国境を跨いでおり、大部分がアゼルバイジャンに居住しています。アゼルバイジャン政府からは、タリシュ語での店名変更の強制、宗教儀式への干渉、さらには少数民族に対する強制移住政策といった圧迫を受けているとの主張もあります。

ナショナリズム運動

ソ連崩壊後に短命に終わったタリシュ・ムギャーン自治共和国の元指導者アリクラム・フマトフは、様々な経緯を経てオランダへ移住し、2007年に他のタリシュ民族主義者と共にNational Talysh Movement（NTM）を設立しました。NTMは、アゼルバイジャン国内でのタリシュ人の自治権獲得や、全ての少数民族の民主的権利、文化的・言語的権利の向上を求めて活動しています。

しかし、アゼルバイジャン政府はNTMの活動に対し、新聞配布の妨害や、タリシュ語新聞の編集長の逮捕・勾留、そして獄中死（不適切な医療が原因との主張あり）といった圧力を加えてきました。これらの逮捕や判決は、アムネスティ・インターナショナルやヒューマン・ライツ・ウオッチといった人権団体から政治的な動機によるものと見られています。

タリシュ人自身のナショナリズム運動に対する態度は複雑です。ある研究者によると、多くのタリシュ人は民族としてのアイデンティティを保持しているものの、分離独立には概して消極的です。彼らの運動への支持度合いは不明確であり、その理由として、公の場で政治的な話題を避ける傾向、歴史的な抑圧による自己検閲、外部勢力（ロシアやアルメニア）との関連を疑われることへの懸念、貧困や失業といった経済問題への関心、警察への畏怖、そしてイランと比べて世俗的なアゼルバイジャンへの支持、さらにはナゴルノ＝カラバフ問題を巡る内部対立などが複合的に影響していると考えられています。

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