タルタルスの群れ

タルタルスの群れ（Gruppe aus dem Tartarus）

『タルタルスの群れ』は、オーストリアの作曲家フランツ・シューベルトが1817年に作曲した重要な歌曲の一つです。作品番号はOp.24の第1曲、シューベルト作品目録（D番号）ではD583が付されています。この歌曲のテキストは、ドイツの著名な詩人であるフリードリヒ・フォン・シラーによる同名の詩から取られています。詩の内容は、古代ギリシア神話において冥府の最も深い領域とされる「タルタルス」を舞台としています。タルタルスは、神々に反逆した大罪人たちが永遠に幽閉され、耐え難い責め苦を受ける場所とされており、シラーはそこで苦悶する魂たちの情景を、有無を言わせぬ迫力で描き出しています。シューベルトは、この強烈な詩の世界観を見事に音楽へと落とし込み、聴く者に深い衝撃を与える楽曲を創造しました。

興味深いことに、シューベルトは本作に先立ち、1816年にも同じシラーの詩に基づいて作曲を試みていました（D396）。しかし、この最初の試みはわずか14小節で中断され、未完に終わっています。本作D583は、その未完の試みを踏まえ、より完成度を高めた再挑戦として位置づけられます。二度目の作曲によって、シューベルトは詩の持つ劇的な力と絶望感を、音楽によってより深く表現することに成功しました。

楽曲の構成と音楽的特徴

本作の音楽は、その主題である冥界の苦しみや魂の絶叫を表現するため、非常に劇的で挑戦的な手法が用いられています。楽曲の全体にわたって、楽譜上には調性記号が記されていません。これは、特定の調に固定されない、不安定で流動的な音楽の流れを生み出すための効果的な手段です。実際、音楽は半音階的な動きと、絶え間ない転調が主体となって進行します。この予測不能な調性の変化は、タルタルスに囚われた魂たちの混乱や精神的な動揺、そして逃れられない苦痛を象徴しているかのようです。

楽曲は、冥界の底から響く魂たちの嘆きや叫びに耳を傾けるよう促す言葉から静かに始まります。続くアレグロ（快速）の部分では、地獄での具体的な苦しみが、緊迫感のある音楽によって vivid に描き出されます。詩が描く、鎖につながれた者、永遠に岩を転がす者、飢えと渇きに苦しむ者といった魂たちの姿が、音楽の激しい動きや不協和音を通じて聴き手の心に迫ります。

この楽曲の最も印象的な部分の一つは、地獄の深淵で喘ぐ魂たちが、「この苦しみはいつ終わるのか？」と、天に向かって発する絶望的な叫びが高潮していく箇所です。この魂の絶叫は、音楽的に音域が上昇し、強弱が増すことで、極めて劇的に表現されます。特に、増四度または減五度といった三全音（不協和な響きとして知られる音程）を含む頻繁な転調が用いられることで、この高潮部分は極度の不安感と緊張感を伴います。三全音の使用は、魂たちの極限状態における狂乱や精神的な歪みを効果的に表しています。

終盤にかけて、この激しい音楽的な描写は収束に向かいます。楽曲は最終的に、ハ短調の主和音のアルペジオで静かに、あるいは諦めたかのように閉じられます。これは、タルタルスの苦痛が永遠に続くことを示唆しているかのようです。

詩中の固有名詞について

シラーの詩には、ギリシア・ローマ神話に関連する固有名詞が登場し、タルタルスの描写に深みを与えています。

Kocytus（コキュートス）: ギリシア神話における冥界を流れる川の一つであり、「嘆きの川」としても知られます。詩中では、冥界にかかる橋の名前として言及されています。
Saturn（サトゥルヌス）: ローマ神話の農耕神ですが、ギリシア神話の神クロノスと同一視されます。クロノスは主神ゼウスの父であり、自らの子を食らった後、ゼウスに倒されてタルタルスに幽閉されたと伝えられています。詩の文脈では、クロノスとしての側面が示唆されている可能性が高いです。

『タルタルスの群れ』D583は、シューベルトが若き日に到達した表現力の高さを証明する作品であり、劇的な歌曲の分野における傑作として、今日でも演奏され続けています。

外部リンク

タルタルスの群れ D.583の楽譜 - 国際楽譜ライブラリープロジェクト (IMSLP)
タルタルスの群れ（断片） D.396の楽譜 - 国際楽譜ライブラリープロジェクト (IMSLP)

もう一度検索