ダイナブック
アラン・ケイによって1970年代に提唱された「ダイナブック」は、あらゆる年齢層の人々が創造性を発揮し、思考を深めるための理想的なパーソナルコンピュータとして構想されました。この概念は、1972年に発表された論文「A Personal Computer for Children of All Ages」で詳しく述べられ、その後のコンピュータ開発の方向性に大きな影響を与えました。
ダイナブックの構想
ケイが描いたダイナブックは、単なる機械ではなく、ユーザーの能力を拡張する「ダイナミックなメディア」としての役割を担う存在でした。そのハードウェアは、A4サイズ程度で片手で持ち運びが可能であり、GUI（グラフィカルユーザーインターフェース）を搭載。テキストだけでなく、映像や音声といった多様なメディアを統合的に扱えるマルチメディア機能を備えることを想定していました。価格面でも革新を目指し、当時のミニコンピュータよりもはるかに安価でありながら、一般的なテレビよりは高価な、現代価値で約3000ドル相当での実現を目標としました。
構想当初から、有線・無線ネットワークによる接続機能や、ビットマップディスプレイを活用したマルチフォント対応が必須とされていました。また、後に開発された暫定的な実装にも見られるように、マルチウィンドウ表示やメニュー操作など、当時としては極めて先進的なユーザーインターフェースが想定されていました。これらの詳細なビジョンは、1977年の論文「Personal Dynamic Media」にまとめられています。
暫定ダイナブックの実装と影響
アラン・ケイらは、理想としてのダイナブックの全機能を一度に実現することは難しくとも、当時の技術で可能な範囲でその一部を試作しました。これが「暫定ダイナブック」と呼ばれるものです。ダイナブックが「単なる理想論で終わった」という認識は誤りであり、この暫定的な実装が後世に与えた影響は非常に大きいと言えます。
暫定ダイナブックは、ゼロックス社のパロアルト研究所（PARC）で開発されました。具体的には、革新的なハードウェアプラットフォーム「Alto」と、その上で動作するオブジェクト指向プログラミング環境「Smalltalk」の組み合わせを指します。Altoはチャック・サッカー、Smalltalkはダン・インガルスらが開発を主導しました。
特にSmalltalkを基盤としたこのシステムが提供したGUIとオブジェクト指向の概念は、現代のパーソナルコンピュータのあり方を決定づけることになります。1979年末にこのシステムを見たスティーブ・ジョブズが、Apple社のLisa、そしてMacintoshの開発へと繋がるインスピレーションを得たことは歴史的な出来事です。GUIの歴史においてAltoがしばしば言及されますが、その影響力の源泉は、ハードウェアとしてのAltoだけでなく、暫定ダイナブックのシステム環境、とりわけSmalltalkが実現したインタラクションモデルとシステムの柔軟性にあると言えます。なお、Alto上にはSmalltalk以外のGUIシステムも存在し、製品化されたXerox StarのシステムはSmalltalkとは異なる設計思想を持っています。
暫定ダイナブック環境では、1977年末の時点で、現在のGUIで一般的な多くの機能が既に実現されていました。例えば、
複数のウィンドウを重ねて表示し、自由に移動、サイズ変更、スクロールできる機能
ウィンドウ内容をタイトルバーのみに縮小する表示
マウスのセカンドボタンクリックで表示されるポップアップメニュー
範囲を選択してから操作を実行する、モードレスな編集スタイル（カット＆ペーストなど）
マルチフォント対応、画像挿入が可能なリッチテキストエディタ
ドット単位で編集できるペイントツール
といった機能が、当時の先進的なインターフェースとして提供されていました。
理想の完全実現に向けて
しかし、ダイナブックのビジョンは、単に高性能なハードウェアと先進的なGUIを持つことに留まりません。アラン・ケイが強調したのは、システムがシンプルで一貫したルール（メッセージング）と要素（オブジェクト）で構成され、エンドユーザー自身がそのシステムを深く理解し、自身の創造性に従って自由に再定義・拡張できる「柔軟性」と「可塑性」です。この「システム自体をユーザーが自在に作り変えられる」という最も根源的な要件は、残念ながら現代の主要なオペレーティングシステムにおいても、まだ完全に満たされているとは言えません。
現代のデバイス、例えばiPadなどがダイナブックに近いと論じられることもあります。コンピュータとしての性能や携帯性といった「量的」な側面から見れば、iPadは確かにダイナブックの構想を十分に満たしています。しかし、この量的側面は、1990年代初頭の高性能ラップトップでも既に達成されつつありました。重要なのは、先述のシステム全体の理解しやすさや、ユーザーによる自在な再定義・拡張性といった「質的」な側面です。この質的な側面においては、アラン・ケイ自身も指摘するように、ダイナブックのビジョンはまだ完全に実現されたとは言えない状況です。近年、iPad上でプログラミングが可能になるなど、質的な側面への取り組みも進みつつあります。
関連する歴史として、1980年代に日本のキヤノン販売が発売した漢字対応Macintoshは「DynaMac」と名付けられ、ダイナブックの名称に因んでいます。また、日本の東芝（現Dynabook株式会社）が展開するノートパソコンブランド「dynabook」も、アラン・ケイのダイナブックの理想を目指して命名されましたが、技術的な直接の系譜にあるわけではありません。近年のChromebookも、GUI中心のシンプルさや安価さなど、ダイナブックの構想から少なからず影響を受けていると考えられています。
ダイナブックの構想
ケイが描いたダイナブックは、単なる機械ではなく、ユーザーの能力を拡張する「ダイナミックなメディア」としての役割を担う存在でした。そのハードウェアは、A4サイズ程度で片手で持ち運びが可能であり、GUI（グラフィカルユーザーインターフェース）を搭載。テキストだけでなく、映像や音声といった多様なメディアを統合的に扱えるマルチメディア機能を備えることを想定していました。価格面でも革新を目指し、当時のミニコンピュータよりもはるかに安価でありながら、一般的なテレビよりは高価な、現代価値で約3000ドル相当での実現を目標としました。
構想当初から、有線・無線ネットワークによる接続機能や、ビットマップディスプレイを活用したマルチフォント対応が必須とされていました。また、後に開発された暫定的な実装にも見られるように、マルチウィンドウ表示やメニュー操作など、当時としては極めて先進的なユーザーインターフェースが想定されていました。これらの詳細なビジョンは、1977年の論文「Personal Dynamic Media」にまとめられています。
暫定ダイナブックの実装と影響
アラン・ケイらは、理想としてのダイナブックの全機能を一度に実現することは難しくとも、当時の技術で可能な範囲でその一部を試作しました。これが「暫定ダイナブック」と呼ばれるものです。ダイナブックが「単なる理想論で終わった」という認識は誤りであり、この暫定的な実装が後世に与えた影響は非常に大きいと言えます。
暫定ダイナブックは、ゼロックス社のパロアルト研究所（PARC）で開発されました。具体的には、革新的なハードウェアプラットフォーム「Alto」と、その上で動作するオブジェクト指向プログラミング環境「Smalltalk」の組み合わせを指します。Altoはチャック・サッカー、Smalltalkはダン・インガルスらが開発を主導しました。
特にSmalltalkを基盤としたこのシステムが提供したGUIとオブジェクト指向の概念は、現代のパーソナルコンピュータのあり方を決定づけることになります。1979年末にこのシステムを見たスティーブ・ジョブズが、Apple社のLisa、そしてMacintoshの開発へと繋がるインスピレーションを得たことは歴史的な出来事です。GUIの歴史においてAltoがしばしば言及されますが、その影響力の源泉は、ハードウェアとしてのAltoだけでなく、暫定ダイナブックのシステム環境、とりわけSmalltalkが実現したインタラクションモデルとシステムの柔軟性にあると言えます。なお、Alto上にはSmalltalk以外のGUIシステムも存在し、製品化されたXerox StarのシステムはSmalltalkとは異なる設計思想を持っています。
暫定ダイナブック環境では、1977年末の時点で、現在のGUIで一般的な多くの機能が既に実現されていました。例えば、
複数のウィンドウを重ねて表示し、自由に移動、サイズ変更、スクロールできる機能
ウィンドウ内容をタイトルバーのみに縮小する表示
マウスのセカンドボタンクリックで表示されるポップアップメニュー
範囲を選択してから操作を実行する、モードレスな編集スタイル（カット＆ペーストなど）
マルチフォント対応、画像挿入が可能なリッチテキストエディタ
ドット単位で編集できるペイントツール
といった機能が、当時の先進的なインターフェースとして提供されていました。
理想の完全実現に向けて
しかし、ダイナブックのビジョンは、単に高性能なハードウェアと先進的なGUIを持つことに留まりません。アラン・ケイが強調したのは、システムがシンプルで一貫したルール（メッセージング）と要素（オブジェクト）で構成され、エンドユーザー自身がそのシステムを深く理解し、自身の創造性に従って自由に再定義・拡張できる「柔軟性」と「可塑性」です。この「システム自体をユーザーが自在に作り変えられる」という最も根源的な要件は、残念ながら現代の主要なオペレーティングシステムにおいても、まだ完全に満たされているとは言えません。
現代のデバイス、例えばiPadなどがダイナブックに近いと論じられることもあります。コンピュータとしての性能や携帯性といった「量的」な側面から見れば、iPadは確かにダイナブックの構想を十分に満たしています。しかし、この量的側面は、1990年代初頭の高性能ラップトップでも既に達成されつつありました。重要なのは、先述のシステム全体の理解しやすさや、ユーザーによる自在な再定義・拡張性といった「質的」な側面です。この質的な側面においては、アラン・ケイ自身も指摘するように、ダイナブックのビジョンはまだ完全に実現されたとは言えない状況です。近年、iPad上でプログラミングが可能になるなど、質的な側面への取り組みも進みつつあります。
関連する歴史として、1980年代に日本のキヤノン販売が発売した漢字対応Macintoshは「DynaMac」と名付けられ、ダイナブックの名称に因んでいます。また、日本の東芝（現Dynabook株式会社）が展開するノートパソコンブランド「dynabook」も、アラン・ケイのダイナブックの理想を目指して命名されましたが、技術的な直接の系譜にあるわけではありません。近年のChromebookも、GUI中心のシンプルさや安価さなど、ダイナブックの構想から少なからず影響を受けていると考えられています。
もう一度検索
【記事の利用について】
タイトルと記事文章は、記事のあるページにリンクを張っていただければ、無料で利用できます。
※画像は、利用できませんのでご注意ください。
【リンクついて】
リンクフリーです。