Xerox Star

Xerox Star：GUI時代の先駆者、そしてその栄光と挫折

Xerox Star（ゼロックス・スター）、正式名称Xerox 8010 Star Information Systemは、1981年にゼロックス社が発売したワークステーションです。今日のPCで標準的な技術、すなわちビットマップディスプレイ、ウィンドウベースのグラフィカル[[ユーザインタフェース]]（GUI）、アイコン、フォルダ、2ボタンマウス、イーサネットネットワーク、ファイルサーバ、プリントサーバ、電子メールなどを初めて統合した商用システムとして歴史に名を刻んでいます。しかし、その革新的な技術にも関わらず、商業的な成功は収められませんでした。本稿では、Xerox Starの開発から販売、そして現代への影響までを詳細に見ていきます。

Xerox Altoからの継承と高価格

Xerox Starのコンセプトは、ゼロックスパロアルト研究所（PARC）が開発した実験用ワークステーション、Xerox Alto（ゼロックス・アルト）をベースにしています。1972年から開発が始まったAltoは、既にGUIの概念を取り入れており、Starの開発に大きな影響を与えました。しかし、Altoは研究用であり、商用化はされていませんでした。

ゼロックスは1977年、Altoの技術を基に、高価格のレーザー印刷技術を中心とした統合文書作成システムとしてStarの開発プロジェクトを開始しました。そのため、発売時の価格は基本システムで約75,000ドル（現在の約25万ドルに相当）、ワークステーションを追加するごとに16,000ドル（現在の約5万4千ドルに相当）と、非常に高価なシステムでした。この高価格が、後の商業的失敗の一因となりました。

開発プロセス：徹底的な計画と厳格な管理

Starの開発は、ドン・マッサロ率いるゼロックスのシステム開発部（SDD）によって進められました。200名以上の開発者が参加した大規模なプロジェクトであり、1年以上の時間を会議と計画に費やし、詳細な機能仕様書「レッドブック」を作成しました。開発プロセスは厳格に管理され、インターフェースの定義やモジュールの整合性確保に重点が置かれました。

開発には、PARCの研究者も参加し、ハードウェア、オペレーティングシステム、ユーザーインターフェース、アプリケーションソフトウェアなど、様々な側面から開発が進められました。開発チームは、当時最新のネットワーク技術であるARPANET（インターネットの前身）も活用していました。

プログラミング言語にはMesaを使用。オブジェクト指向ではありませんでしたが、プロセスやミューテックスなどの概念を取り入れていました。開発環境には、高度な統合開発環境（IDE）であるTajo（社内名、Xerox Development Environmentとも）が使用され、バージョン管理システムなども導入されていました。

開発過程では、ハードウェアの再設計やソフトウェアの何度も繰り返される修正など、多くの困難がありました。当初Altoワークステーションで開発を進めていましたが、ソフトウェアの負荷に耐えられず、専用のハードウェアを開発する必要がありました。

直感的なユーザーインターフェース：デスクトップメタファーの導入

Starのユーザーインターフェースは、直感的な操作を重視し、「WYSIWYG（見たまま出力）」を実現しました。デビッド・キャンフィールド・スミス博士は、コンピュータアイコンとデスクトップメタファーの概念を考案しました。ユーザーは、文書やフォルダをデスクトップ上にアイコンで表示し、アイコンをクリックすることでアプリケーションを起動していました。

Starのインターフェースはオブジェクト指向の概念に基づいて設計され、文書はページ、段落、文、単語、文字といったオブジェクトで構成されていました。ユーザーはマウスでオブジェクトを選択し、専用のキーを使ってオブジェクトの操作を行うことができました。このオブジェクト指向のアプローチは、後のアプリケーションソフトウェアの設計に大きな影響を与えました。

ハードウェア：Dandelionプロセッサと高解像度ディスプレイ

Starワークステーションには、AMD Am2900ビットスライス方式のマイクロプロセッサDandelion（ダンデライオン）が搭載されました。384KBのメモリ（最大1.5MBまで拡張可能）、10MB～40MBの8インチハードディスク、8インチフロッピードライブ、マウス、イーサネット接続を備えていました。17インチの白黒ディスプレイは、1024×808ピクセルの高解像度を誇り、当時としては非常に大型でした。

商業的失敗：高価格とマーケティング戦略の課題

Xerox Starは、単体のコンピュータとしてではなく、ネットワークを介して接続する「パーソナル・オフィス・システム」の一部として設計されていました。しかし、システム全体の高価格と、ゼロックス社のマーケティング戦略の不備が商業的失敗につながりました。

当時、秘書の年収が約1万2千ドル、コモドールVIC-20が約300ドルであった時代において、Starシステム全体で5万ドルから10万ドルを費やすことは、多くの企業にとって容易ではありませんでした。また、ゼロックス社内でのマーケティング部門と製品部門間の連携不足も問題でした。

遺産：GUIの発展への貢献

Xerox Starは商業的には成功しませんでしたが、後のコンピュータ技術に大きな影響を与えました。WYSIWYG編集、イーサネット、ネットワークサービスなどの技術は、現代のコンピュータでは標準となっています。Apple Lisa、Macintosh、Microsoft Windowsなど、多くの製品がStarの技術やデザインから影響を受けています。

また、ゼロックスはStarの後継機としてViewPoint、そしてGlobalViewを開発しました。ViewPointは、より安価なハードウェアプラットフォームで動作し、性能も向上していました。GlobalViewは、Starのインターフェースをソフトウェアとして提供し、様々なプラットフォームで動作しました。

Xerox Starは、GUI時代の先駆けとなった革新的なシステムであり、その技術は現代のコンピュータの基礎となっています。しかし、商業的な失敗は、高価格、マーケティング戦略の不備、そしてゼロックス社内の組織的な問題などが複合的に作用した結果と言えるでしょう。その教訓は、技術革新だけでなく、市場への適切なアプローチも重要であることを示しています。

もう一度検索