ダニッチ

ダニッチ（ダンウィッチ）―クトゥルフ神話の暗黒郷―

マサチューセッツ州北部の丘陵地帯に位置する、アーカムの西方にある寒村、ダニッチ（ダンウィッチ）。ミスカトニック川を遡り、アイルズベリイ街道を進むと辿り着く、その地は廃墟と化した家々が立ち並ぶ、陰鬱な雰囲気に包まれた場所です。

古くはインディアンたちが儀式を行っていたとされ、地響きのような音が聞こえたという伝承が残っています。セイラム魔女事件後、ビショップ家やウェイトリー家といった一族が移住し、外部との交流は少なく、村人たちは近親婚を繰り返し、閉鎖的で退廃的な生活を送っていました。

村には1700年以前の古いビショップ家の建物と、1806年に造られた水車の廃墟が残るのみ。最も古い建物であるビショップ家の地下室には、不気味な煙突が今も残っています。

ダニッチの象徴的な存在として、ラウンド山の頂上にある環状列石に囲まれた「センティネル丘の祭壇」が挙げられます。この遺跡は物語の始まりと終わりを象徴する重要な場所であり、付近の谷底は「悪魔の舞踏園」と呼ばれ、不気味な物音と悪臭が漂い、植物も生えない不自然な場所となっています。多数の人骨が発見されたこの地は、インディアンのポクムタック族の埋葬地という説もありますが、学者によっては白人の骨である可能性も示唆されています。

ダニッチには、夜に活動し、死期を察知して鳴くとされる夜鷹「ウィップアーウィル」という怪鳥の伝承もあります。死者の魂を捕らえることに成功すると、夜通し鳴き続けるといわれています。

村唯一の商店である「オズボーン雑貨店」は、物語の中で重要な役割を果たします。店主であるジョー・オズボーンは、透明怪物事件の解決を見届けた人物です。しかし、オーガスト・ダーレスによる後日談では、ウェイトリー家が雑貨店を経営しているという設定があり、その経緯は不明な点として残されています。

ウェイトリー家はダニッチの中心部から離れた山腹に建つ大きな農家です。老いた当主、娘のラヴィニア、そして孫のウィルバーの3人家族でしたが、1928年の怪事件で一家は全滅しました。1913年、1923年、1927年と大規模な改築を行い、家の中に大きな空間を作り、窓を塞ぎ、最終的には納屋で生活していました。また、毎月のように牛を購入していたにも関わらず、その数は10～12頭を超えることはなく、痩せ衰えた牛たちが村の周辺で目撃されていました。

ダーレスの小説では、ビショップ家もダニッチに関連する一族として登場します。ダーレスの設定では、ダニッチはアーカムの近郊に位置し、アイルズベリイという町も存在します。クトゥルフ神話TRPG『ダニッチの怪』では、ダニッチの地下に太古の邪神アブホースが潜んでいるという設定が追加されています。

ラヴクラフトの『ダニッチの怪』を原作とする様々なメディアミックス作品も存在します。ストップモーションアニメ、漫画、そしてクトゥルフ神話TRPGなど、ダニッチの怪奇は多様な形で表現されています。

『ダニッチの怪』以外にも、オーガスト・ダーレスによる複数の後日談や関連作品が存在し、ウェイトリー家やビショップ家といった一族の物語は、ダニッチという舞台を通して、複雑に絡み合い、クトゥルフ神話の世界観をより深く、そして暗く彩っています。これらの作品群は、ダニッチの物語を多角的に、そしてより深く理解する上で欠かせない要素となっています。ダニッチを舞台とした物語は、単なる怪奇譚ではなく、一族の悲劇、そして不可解な古代の謎が複雑に絡み合った、深く暗い物語です。

ダニッチという地名は、イギリスのサフォーク州やオーストラリアのノースストラドブローク島にも存在しますが、ラヴクラフトの作品ではアメリカ英語の発音に準拠して「ダンウィッチ」と表記されることもあれば、「ダニッチ」と表記されることもあります。これは、地域による英語の発音の違いに起因します。日本でクトゥルフ神話を語る際には、どちらの表記も用いられます。

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