ダフニスとクロエ (ラヴェル)

バレエ音楽『ダフニスとクロエ』

概要

『ダフニスとクロエ』は、モーリス・ラヴェルが作曲したバレエ音楽であり、1912年にバレエ・リュスによって初演されました。古代ギリシャの作家ロンゴスの物語を題材とし、ミハイル・フォーキンが振り付けを担当しました。

しかし、フォーキンの振り付けは後世に伝わらず、ラヴェルの音楽だけが今日まで残り、オーケストラの重要なレパートリーとして演奏されています。また、この音楽に合わせて、多くの振付家が新たなバレエ作品を制作し、世界中で上演されています。

制作の背景

20世紀初頭のパリで、ロシアの芸術を紹介していた興行師セルゲイ・ディアギレフは、フォーキンのバレエ台本に注目し、ラヴェルに作曲を依頼しました。制作には、フォーキン（台本・振付）、ラヴェル（音楽）、レオン・バクスト（美術・衣裳）が参加しましたが、芸術に対する考え方の違いから、制作は難航しました。

当初は1910年の上演が予定されていましたが、ラヴェルの作曲の遅れから2度延期され、1912年にようやく初演を迎えました。しかし、初演直前には関係者の間で争いが絶えず、十分な練習時間が確保できなかったため、期待されたほどの成功は得られませんでした。

初演後の展開

バレエ・リュス解散後、『ダフニスとクロエ』はパリ・オペラ座バレエに移植され、レパートリーに加えられました。フォーキンの振り付けは失われましたが、フレデリック・アシュトンをはじめとする多くの振付家が、独自の解釈による新しいバレエ作品を生み出しました。

バレエ音楽の特徴

ラヴェルが作曲したバレエ音楽は、混声合唱を含む大編成の管弦楽曲で、約1時間にも及ぶ演奏時間はラヴェルの作品の中でも最長です。ライトモティーフの手法を使い、巧みに構成されており、ラヴェル自身は「舞踏交響曲」と形容しました。

特に、『ダフニスとクロエ第2組曲』は、終幕の「全員の踊り」を含む第3場の音楽を抜き出したもので、演奏頻度が高い楽曲です。

バレエのあらすじ

バレエは1幕3場からなり、古代ギリシャの牧歌的な風景を舞台に、羊飼いの少年ダフニスと少女クロエの恋物語が描かれます。

第1場：牧草地で、ダフニスとクロエは愛を確かめ合いますが、牛飼いのドルコンや人妻リュセイオンの妨害に遭います。海賊の襲来により、クロエは誘拐されてしまいます。
第2場：海賊の夜営地で、クロエは海賊の首領ブリュアクシスに捕らえられますが、パン神の幻影によって救われます。
第3場：再び牧草地に戻ったダフニスとクロエは再会を喜び、パン神の加護に感謝します。最後に、牧人たちによる「全員の踊り」で幕を閉じます。

原作からの変更点

バレエの筋書きは、原作のいくつかのエピソードを組み合わせたものです。例えば、海賊にクロエが誘拐されるという展開は、原作ではダフニスが誘拐されるエピソードと、クロエが別の場所で誘拐されるエピソードを合わせたものです。

また、バレエでは、クロエの口づけをかけてダフニスとドルコンが踊りで競いますが、原作では「求愛の言葉」で競い合います。

制作の過程

フォーキンは、ロシア帝室バレエ団に提出した台本が採用されなかったため、ディアギレフに注目され、バレエ・リュスでの上演につながりました。しかし、制作過程では、芸術に対する考え方の違いから、関係者間で意見の対立が絶えませんでした。

特に、ラヴェルの音楽は作曲に時間がかかり、初演は二度にわたって延期されました。また、初演直前には、ディアギレフがニジンスキーの新作バレエ『牧神の午後』を優先したため、十分な練習時間が確保できませんでした。

初演の評価とその後

初演は、ニジンスキーとカルサヴィナの演技やラヴェルの音楽は評価されたものの、全体的には期待されたほどの成功は得られませんでした。批評家からは、リズムの弱さや、振り付けの斬新さの欠如を指摘する声も上がりました。

しかし、『ダフニスとクロエ』はその後、多くの人々に愛され、現代ではバレエ音楽の傑作として、またバレエ作品の重要なレパートリーとして、世界中で上演されています。

バレエ音楽の分析

バレエ音楽『ダフニスとクロエ』は、調性の統一と緻密な主題設計が特徴です。全曲はイ長調で始まり、イ長調で終わりますが、ホ長調は登場せず、ロ長調に重要な役割が与えられています。ラヴェル自身は、「この作品は交響曲的に構成されており、少数の動機を一貫して追うことで、交響的な統一が保証される」と述べています。

主要な主題としては、以下のようなものがあります。

主題A：第1場の冒頭に現れる、フルートによる旋律で、「ニンフたちの主題」と呼ばれます。
主題B：第1場の冒頭に現れる、ホルンと合唱による旋律で、「自然の主題」と呼ばれます。
主題C：第1場に現れる、ホルンによる旋律で、「ダフニスの愛の主題」と呼ばれます。
主題D：第1場の中盤に現れる旋律で、「クロエの主題」と呼ばれます。
主題E：海賊が登場する場面で現れる、金管楽器による力強い旋律で、「海賊の主題」と呼ばれます。

楽曲の構成

バレエ音楽は、以下の構成で進行します。

第1場
序奏と宗教的な踊り
若い男たちの踊り
ダフニスとクロエのパ・ド・ドゥ
ダフニスとドルコンの踊りの競争
リュセイオンの踊り
海賊の襲撃
第2場
海賊の踊り
クロエの踊り
パン神の出現
第3場
夜明けの情景
ダフニスとクロエの再会
ラモンによるパンとシリンクスの物語
全員の踊り

作曲に関するエピソード

ラヴェルは、初演でニジンスキーがソロで踊る「ダフニスの優雅で軽やかな踊り」の作曲を最初に行ったとされています。この部分には、ニジンスキーの跳躍にインスピレーションを得た「間」が設けられています。

また、ラヴェルは初演の2年前にヴォーカルスコアを完成させていましたが、改訂の際に破棄されるはずだった初稿譜が、出版社のミスで一部が世に出回ってしまいました。

終幕の「全員の踊り」は、ラヴェルが1年もの時間をかけて改訂した難航した部分です。

晩年のラヴェル

ラヴェルは晩年、脳の疾患により作曲ができなくなりましたが、亡くなる数ヶ月前に『ダフニス』を聴いた際、感動で涙を流したというエピソードが残っています。

楽曲に対する評価

『ダフニスとクロエ』は、ラヴェルの最高傑作の一つとして高く評価されており、その美しい旋律、複雑な構成、そして力強い表現力は、多くの人々を魅了し続けています。

組曲

ラヴェルは、バレエ音楽に基づいて、以下の3種類の組曲を作成しています。

『ダフニスとクロエ第1組曲』：「夜想曲」「間奏曲」「戦いの踊り」の3曲からなります。
『ダフニスとクロエ第2組曲』：「夜明け」「無言劇」「全員の踊り」の3曲からなります。演奏機会が最も多い組曲です。
ピアノソロのための組曲：「ダフニスの優雅で軽やかな踊り」「夜想曲、前奏曲と戦いの踊り」「ダフニスとクロエの情景」の3曲からなります。

日本における上演史

日本では、1941年に「第2組曲」が初演されました。1960年代には、フランスの指揮者たちが相次いで来日し、『ダフニス』を披露しました。1963年には、パリ・オペラ座バレエが「スキビン版」による『ダフニス』を上演しました。

1970年代末以降、渡邉曉雄やシャルル・デュトワなどが、バレエ音楽の全曲版を演奏しています。

また、1976年の吹奏楽コンクールで『ダフニスとクロエ』が演奏されたことをきっかけに、吹奏楽版も広まりました。

外部リンク

『ダフニスとクロエ』全曲の楽譜)
『ダフニスとクロエ』第1組曲の楽譜)
『ダフニスとクロエ』第2組曲の楽譜)

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