ダリア・ドゥギナ

ダリア・アレクサンドロヴナ・ドゥギナの生涯と活動

ダリア・アレクサンドロヴナ・ドゥギナ（1992年12月15日 - 2022年8月20日）は、ロシアの政治評論家、ジャーナリストとして知られ、国際ユーラシア運動に所属していました。また、著名な哲学者であり政治学者であるアレクサンドル・ドゥーギンの広報担当者としても活動していました。筆名ダリア・プラトーノワとしても知られています。

生い立ちと学歴

ダリアは、アレクサンドル・ドゥーギンと2番目の妻ナタリア・メレンティエワの間に生まれました。モスクワ州立大学在学中の2012年から2013年には、フランスのボルドー・モンテーニュ大学に留学し、古代ギリシャ哲学を学びました。この留学中に使用し始めた筆名「ダリア・プラトーノワ」は、彼女自身の学問的な関心から名付けられました。

フランスの親クレムリンメディア「ツァーグラード」の特派員を務め、2015年の大学卒業後はロシア国営メディア「RT」にも寄稿していました。学生時代の友人によると、ドゥギナは父親の思想に関心を示しておらず、その影響下にあるようには見えなかったといいます。フランスの著述家ギー・ドゥボールの思想に興味を持ちつつ、ある時期からロシア正教への関心を深めていきました。しかし、父親の影響下で活動するようになってから、この友人との交流は途絶えたとされています。

活動家としてのキャリア

2010年代後半から、ダリアは政治的なトピックを専門とするコメンテーター、コラムニストとして、国営・親クレムリンメディアに出演するようになりました。プーチン大統領の支持者であり、父アレクサンドル・ドゥーギンの公式サイト資料の作成にも携わっていました。

彼女は父ドゥーギンの地政学的理論を次のように要約しています。

ロシアを中心とするユーラシア空間は、アメリカとイギリスに代表される「大西洋主義」に対立している。
「大西洋主義者」は「リムランド」の領土に侵入を繰り返しており、ヨーロッパは両者の間に挟まれている。
* 「ユーラシア主義者」の使命は、ユーラシア空間全体を統合する帝国を創設し、「リムランド」をめぐる闘争において「大西洋主義」に対抗することである。

2022年のロシアによるウクライナ侵攻を支持するため、国営メディアに出演し、ウェブサイト「United World International」の編集長として、ウクライナがNATOに加盟すれば「滅びる」と示唆するプロパガンダに貢献したとして、同年3月にアメリカから経済制裁を科されました。この制裁について、同年5月のインタビューで「文明の衝突」と述べ、制裁対象になったことを誇らしいと語りました。

ブチャの虐殺については、西側メディアが事件を捏造したと主張し、「ブチャ」という地名が英語の「Butcher（肉屋）」と発音が重なるため、西側があえて選んだと述べました。また、同年6月にはドンバス地方を訪れ、アゾフスタリ製鉄所の地下室を視察しました。

悲劇的な死

2022年8月20日、ダリアはモスクワ州オジンツォボ地区で発生した自動車爆破事件により殺害されました。享年29歳でした。葬儀は8月23日にオスタンキノテレビセンターで行われ、多くの政府高官、政治家、ジャーナリスト、正教会関係者、友人、そして一般市民が弔問に訪れました。彼女はラメンスキー地区のミハイロフスカヤ・スロボダ村にある祖母の墓の隣に埋葬されました。

自動車爆破事件の詳細

事件の発生

2022年8月20日夜、ダリアは父ドゥーギンとともに、映画監督エドゥアルド・ボヤコフと公正ロシアの元下院議員ザハール・プリレーピンが主催するイベントに参加しました。ドゥーギンはイベントで「伝統と歴史」に関する講義を行いました。イベント終了後、午後9時30分ごろ、ボルシエ・ヴィアゼミ村近くのモジャイスコエ高速道路で、ダリアが運転していたトヨタ・ランドクルーザープラドSUVが爆発しました。目撃者によると、車はコントロールを失って路肩に停車した後、炎上しました。消防隊が到着する前に車全体が燃え尽き、車内からひどく焼けた遺体が発見されました。DNA鑑定の結果、遺体はダリア・ドゥギナのものであると確認されました。

この車両はドゥーギンの所有であり、犯行はドゥーギンを標的とした暗殺計画の一部であったと推測されています。しかし、ドゥーギンは直前に別の車両に乗り換えたため無事でした。事件現場に駆け付けたドゥーギンが頭を抱えて立ち尽くす姿が、メディアで報道されました。

ロシア当局の捜査

事件翌日の8月22日、ロシア連邦保安局（FSB）は、ウクライナの諜報機関が事件を計画し、実行犯はウクライナ市民のナタリア・ヴォフク（旧姓シャバン）であると発表しました。FSBによると、ヴォフクは7月23日に12歳の娘とロシアに入国し、ドゥギナが住むアパートの部屋を借りて情報を収集していました。8月21日の爆発事件の後、母子はプスコフ地方を通ってエストニアに逃亡したとされています。

FSBは、ヴォフクが事件に使われたミニクーパーで、ロシア入国時にはドネツク人民共和国（DNR）のナンバー、モスクワではカザフスタンのナンバー、エストニア出国時にはウクライナのナンバーを使用していたと発表しました。

タス通信は、約400グラムのTNT火薬が使用され、爆破装置はリモートで操作されたと報じました。また、ロシアのハッカーグループ「RaHDit」は、ヴォフクがアゾフ連隊の兵士であると主張しています。

8月29日には、FSBが事件の前日にロシアを離れたボグダン・ペトロヴィッチ・ツィガネンコというウクライナ市民が共犯であると発表しました。ツィガネンコはヴォフクに偽のナンバープレートと書類を渡し、モスクワの南西の賃貸ガレージで爆破装置を組み立てたとされています。

被疑者とされた人物について

ロシアメディアは、被疑者とされた人物の家族や知人に取材を行い、事件に対する意見を報道しました。

ナタリア・ヴォフク

ヴォフクの家族や知人は、彼女が殺人を犯したとは考えられないと話しています。両親はアゾフ連隊を良く思っておらず、娘が元隊員であるという報道を否定しています。ヴォフクは、FCイリチヴェッツで管理者として働いていましたが解雇され、その後、国家警備隊に勤務したものの、ウクライナ侵攻初期に健康上の理由で辞任したとのことです。ヴォフクは子供たちと避難を望みましたが、20歳の息子は出国できず、娘と一緒にフランスとポーランドに滞在した後に帰国したとされています。隣人は、ヴォフクが元夫の暴力で頭に血腫ができ手術を受けた後、離婚したと説明しました。ヴォフクには悪い印象を持っておらず、事件のニュースに衝撃を受けたと語っています。

ボグダン・ツィガネンコ

ツィガネンコの家族は取材に応じていません。近隣住民によると、ツィガネンコは家族とあまり連絡をとっておらず、10代の頃に住んでいた父親所有のドネツクのアパートは半年前に売却されたとのことです。本人は西側支持の考えを持っており、母親もウクライナ支持者であったとされています。2024年2月7日には、2件の訴訟費用と罰金の不払いによりウクライナ国内で指名手配されたことが明らかになりました。また、2023年には他人の車と接触事故を起こしていたとのことです。2024年11月7日には、ウクライナの裁判所が軍務中のアルコール濫用で有罪判決を下し、1万7000フリブニャの罰金を科したことが報じられました。

ロシア国内の協力者

2023年5月3日、ロシアの裁判所はアンドレイ・クズネツォフとアレクサンダー・スチコフに懲役3年6か月の判決を下しました。この2人はナタリア・ヴォフクがレンタルした自動車のウクライナでの登録書を偽造したとされています。また、2023年9月11日には、元内務省職員のイワン・ライビンに懲役4年、ダニール・チョードリーに懲役1年の判決が言い渡されました。チョードリーは2022年2月から4月にかけて、メッセンジャーに機密情報の収集に関するアナウンスを投稿し、ライビンは職場のPCを使ってドゥギナの私生活に関する情報を入手し、チョードリーに売却したとされています。ただし、彼らはドゥーギナ殺害計画については知らなかったと主張しています。

ウクライナ・エストニア当局の発言

ウクライナ当局は事件への関与を否定し、「我々はロシア連邦のような犯罪国家ではなく、テロリストでもない」と述べました。ゼレンスキー大統領も記者会見で、事件への関与を否定しています。アゾフ連隊もFSBが公開した人物と無関係であると声明を発表し、FSBの発表はロシアの捕虜となっている隊員に対する「法廷」の準備のための世論醸成だと主張しました。

エストニアのウルマス・ラインサル外務大臣は、FSBが容疑者としている人物がエストニアに逃亡したというクレムリンの主張を否定し、「クレムリンが現在の紛争中のウクライナへの支持をめぐってエストニアに圧力をかけようとする試みの一部でもある」と述べました。

FSB発表内容への疑義

FSBが公開したヴォフクの身分証は、デジタル偽造であると指摘されています。軍事アナリストのパベル・フェルゲンハウアーは、FSBの発表内容を疑問視し、犯人が奇跡的に国境を越えてエストニアに逃れたことを不自然だと指摘しました。ジャーナリストのビクター・ダビドフは、ロシアとウクライナの国境が閉鎖されていることを指摘し、ヴォフクがドネツク人民共和国（DNR）からロシアに入国した可能性を示唆しました。

エージェンシー（プロエクト）は、ヴォフクが事件前にミニクーパーをウクライナのキーウ地方のウェブサイトで売りに出した人物を発見し、その人物がヴォフクがロシア出国時に使用したナンバープレートを所有していたことを明らかにしました。パリのCNAM研究所の国際諜報専門家ジェラルド・アルボイトは、自動車爆弾を仕掛けるには複数人が必要であると指摘しています。ベリングキャットのクリスト・グロゼフは、ヴォフクが2022年4月にロシアのドキシングサイト「Немезида（ネメシス）」に入力されていたことを指摘し、そのような人物がロシアに簡単に入国できたことに疑問を呈しました。グラグ・ネット創始者のウラジーミル・オセチキンは、FSB内部の情報提供者からの情報として、ドゥギナの殺害はロシアとウクライナ双方の諜報機関の思惑によって行われたと主張しました。

国民共和国軍（NRA）による犯行声明

8月21日、ロシア元下院議員でキーウ在住のイリヤ・ポノマリョフは、事件を起こしたのはロシア国内の地下組織である国民共和国軍（NRA）であると主張しました。ポノマリョフは、ドゥーギン父娘が戦争のイデオロギー的支援に関与しており、正当な標的であると述べました。9月1日には、国民共和国軍（NRA）指導者「アレクサンドル」のインタビュー記事がキーウ・ポストに掲載され、NRAが反プーチン・親ウクライナ団体との協力宣言に署名したことが明らかにされました。

標的はドゥーギンとドゥギナの両人であったものの、ドゥギナの乗っていた車に乗った2人目はドゥーギンではなく別人だったこと、ドゥギナ1人の殺害となったことは誤算だったとしています。NRAのメンバーは、元あるいは現職の治安機関・法執行機関のメンバーであり、現状の「ロシアを改革するには、ウクライナが戦争に勝たなくてはならない」と述べています。

事件への反応

ロシア国内

ドゥーギンは事件後に入院しました。彼はTelegramで、娘がウクライナ政権のテロ攻撃で殺されたと主張し、ロシアの軍事行動を改めて支持するコメントを発表しました。ロシア外務省報道官のマリア・ザハロワやタカ派コメンテーターのマルガリータ・シモニャンなどは、事件の責任をウクライナに負わせる発言を行いました。作家のヴィクトル・シェンデロビッチは、ダリアの死がウクライナに対する新たな憎悪を煽る可能性を懸念しました。プーチン大統領はダリア・ドゥギナに哀悼の意を表し、彼女に勇敢勲章を授与しました。

ロシア国外

アメリカ国務省は、民間人を意図的に攻撃することを非難する声明を発表しました。国連も事実を明らかにするよう求めました。教皇フランシスコは、ドゥギナの死に言及しましたが、ウクライナのバチカン駐在大使は、教皇の言葉に失望を表明しました。教皇庁は、教皇が政治的ではなく人間の生命と価値を守るために発言したと説明し、ウクライナ侵攻を非難しました。

ウクライナ保安庁の関与

アメリカの情報当局は、ウクライナ政府が事件に関与していたと結論付け、アメリカ政府がウクライナに遺憾の意を表明したと報じられました。ウクライナ大統領顧問のミハイロ・ポドリアックは、事件への関与を否定しました。また、ウクライナ軍の高官は、占領下のウクライナ領内で、告発されたウクライナ人協力者やロシア政府関係者の暗殺や攻撃を行っていると述べました。

2023年10月23日には、米[ワシントン・ポスト]]紙がウクライナ保安庁(SBU)がアメリカ[[中央情報局]の訓練を受けた上で事件に関与していたと報道しました。

ダリア・ドゥギナの死は、複雑な政治的背景と、多くの陰謀論が絡み合う事件として、現在も多くの議論を呼んでいます。

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