ティホン・フレンニコフ

ティホン・フレンニコフ：政治と芸術のはざまで

ティホン・フレンニコフ（1913年 6月10日 - 2007年 8月14日）は、ソビエト連邦およびロシア連邦の作曲家です。その音楽は多岐にわたり、交響曲、ピアノ協奏曲、ヴァイオリン協奏曲、チェロ協奏曲をはじめ、歌劇、オペレッタ、バレエ音楽、室内楽、映画音楽など幅広いジャンルに及んでいます。しかし、フレンニコフの名を有名にしたのは、必ずしもその音楽的才能だけではありませんでした。政治的な才覚や権勢欲が、彼のキャリアに大きな影響を与えたことは否定できません。

生涯

生い立ちと音楽への道

フレンニコフは、ロシア帝国オルロフ州イェレツ（現在のロシア連邦リペツク州）に生まれました。幼少期からピアノを学び、音楽の才能を開花させます。10代でモスクワに移り、グネーシン音楽大学でミハイル・グネーシンとイェフライム・ゲルマンに師事し、作曲の基礎を築きました。その後、ヴィッサリオン・シェバリーンに作曲を、ゲンリフ・ネイガウスにピアノを師事し、本格的な音楽家としての道を歩み始めました。在学中に最初のピアノ協奏曲を作曲し、卒業制作として最初の交響曲を発表するなど、早くから才能を発揮していました。

ソ連作曲家同盟書記長としての権力

1948年、フレンニコフはアンドレイ・ジダーノフによってソ連作曲家同盟の書記長に任命されます。この人事は、彼の音楽家としてのキャリアを大きく左右することになります。同年の総会では、プロコフィエフとショスタコーヴィチを名指しで「形式主義者」と批判し、在任中も両者を厳しく非難しました。この出来事は、彼の音楽家としての評価に大きな影を落とすことになります。ショスタコーヴィチの回顧録『ショスタコーヴィチの証言』には、フレンニコフに対する批判的な記述が見られ、現在においても彼の評価は決して高くありません。

雪解けと晩年の活動

1960年代に入ると、フレンニコフは再び演奏活動を開始し、自作のピアノ協奏曲を演奏するようになりました。ヴァイオリニストのレオニード・コーガン、チェリストのムスティスラフ・ロストロポーヴィチ、ピアニストのエフゲニー・キーシンなど、著名な音楽家たちの協力を得て、自作の協奏曲を録音しています。1980年代には作曲活動も再開し、かつて糾弾した音列技法を自身の《交響曲第3番》で用いるなど、作風に変化が見られました。1987年には東京で自作の協奏曲を演奏し、成功を収めました。しかし、その後、日本ではフレンニコフの管弦楽作品が演奏される機会はほとんどなくなってしまいました。1994年には回顧録を出版し、ソ連時代の秘密文書が公開されるという触れ込みで話題を呼びました。2007年 8月14日、フレンニコフは心筋梗塞のためモスクワで亡くなりました。

作品の特徴

フレンニコフの作品は、その生涯を通して多様な変化を見せています。初期の作品は、ロマン派音楽の影響を受けながらも、独自の旋律やハーモニーを追求していました。しかし、ソ連作曲家同盟の書記長に就任してからは、社会主義リアリズムのイデオロギーに沿った作品が多くなり、その作風は保守的なものへと変化していきます。

雪解け後の作品では、再び実験的な試みも見られるようになり、過去に批判した音列技法を取り入れるなど、作風の幅を広げています。しかし、彼の作品は、その政治的な背景と切り離して語られることは難しく、その評価は今もなお分かれています。

主要作品

フレンニコフは、生涯にわたり多くの作品を作曲しました。以下に、主要な作品をジャンル別に紹介します。

交響曲

交響曲第1番変ロ長調作品4 (1933-35)
交響曲第2番ハ短調作品9 (1940-42、改訂：1944)
交響曲第3番イ長調作品22 (1973)

協奏曲

ピアノ協奏曲第1番ヘ長調作品1 (1932-33)
ヴァイオリン協奏曲第1番ニ長調作品14 (1958-59)
チェロ協奏曲第1番ハ短調作品16 (1964)
ピアノ協奏曲第2番ハ長調作品21 (1972)
ヴァイオリン協奏曲第2番ハ長調作品23 (1975)
ピアノ協奏曲第3番ハ長調作品28 (1983-84)
チェロ協奏曲第2番作品30 (1986)
ピアノ協奏曲第4番 (1991)

バレエ

僕たちの庭（初めてのお手柄）全1幕作品19 (1970)
愛には愛を全2幕作品24 (1976)
軽騎兵のバラード全3幕作品25 (1978)
ナポレオン・ボナパルト作品40 (1994)
大尉の娘作品41(1999)

オペラ

嵐の中へ全4幕作品8 (1936-39、改訂：1952)
フロール・スコベーエフ作品12 (1945-50、改訂：1967)
母全3幕作品13 (1952-57)
百人の悪魔と一人の少女全3幕作品15 (1962-63)
白夜全3幕作品17 (1967)
巨人の男の子全3幕作品18 (1968-69)
空騒ぎ全3幕 (1972-73)
ドロテア全2幕作品27 (1982-83)
黄金の子牛作品29 (1984-85)
裸の王様作品31 (1988)
* ワンダー、オー、ワンダー(2001)

その他の作品

フレンニコフは、この他にも多くの室内楽曲、器楽曲、声楽曲、劇音楽、映画音楽などを手掛けています。特に映画音楽では、『豚飼いと羊飼い』や『軽騎兵のバラード』など、多くの名作に関わっています。

まとめ

ティホン・フレンニコフは、その音楽的才能と政治的立場によって、複雑な評価を受けている作曲家です。彼の作品は、ソ連時代の音楽史を語る上で欠かせないものであり、その音楽的な価値は再評価されるべきかもしれません。しかし、彼がソ連作曲家同盟の書記長として行った行為は、音楽史に大きな傷跡を残したことも事実です。フレンニコフの音楽を聴くとき、私たちはその両面を理解する必要があるでしょう。

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