テオドール・モレル

テオドール・モレルの生涯

テオドール・ギルベルト・モレルは、1886年7月22日、ドイツのヘッセン大公国で小学校教師の次男として生まれました。彼は、フランスやミュンヘンで医学を学び、1913年に医師免許を取得。第一次世界大戦では医務官として従軍しました。

戦後、ミュンヘンで開業医となり、裕福な顧客を獲得するために、型破りな宣伝活動を行いました。彼は、「ペルシア王やルーマニア王の主治医の要請を断った」などと虚偽の主張を繰り返し、時には教授と自称することもあったようです。また、複数の製薬会社に投資も行っていたと言われています。

ナチス党が勢力を拡大するにつれ、モレルの顧客の多くがユダヤ人であったため、彼は1933年にナチス党に入党しました。その後、ベルリンに移り、皮膚科医として再開業しました。1936年には、ナチス党の写真家、ハインリヒ・ホフマンの淋病を治療したことがきっかけで、ヒトラーの愛人であったエヴァ・ブラウンとその家族と親交を深めます。

ヒトラーの主治医として

1936年、ヒトラーは湿疹、放屁、胃痙攣、便秘、心臓の圧迫感に悩まされていました。エヴァ・ブラウンの紹介でモレルはヒトラーの主治医となります。モレルは丸薬を処方し、一時的に症状は改善したものの、その薬にはストリキニーネなどの劇物が含まれており、依存性が高いものでした。

ヒトラーの体調が悪化する度に、モレルは安易に投薬や注射を繰り返しました。ヘルマン・ゲーリングからは「国家注射マイスター」と揶揄され、エヴァや秘書官からも不信感を抱かれます。モレル自身も不潔で、テーブルマナーも悪かったため、周囲の人間から嫌われていました。しかし、ヒトラーはモレルを信頼し続け、周囲の忠告を聞き入れませんでした。

モレルは、アルベルト・シュペーアやハインリヒ・ヒムラーなどの高官の治療も行いましたが、すぐに彼らは異変を感じて治療を中断します。シュペーアはモレルの薬をベルリン大学の教授に調べてもらい、危険性を指摘され、服用をやめました。モレルは、総統の主治医という地位を得たことで、医療行為よりも金銭に執着するようになったとシュペーアは回顧しています。

主治医の地位をめぐり、モレルは、1933年からヒトラーの主治医であったカール・ブラントと競争しました。ヒトラーは、常にモレルを支持しました。

1939年、チェコスロバキアの大統領を恫喝した際、ハーハが心臓発作を起こした際も、モレルの注射によって一命を取り留めました。この一件も、モレルの地位を確立する上で重要な出来事でした。

第二次世界大戦

第二次世界大戦が始まると、モレルはヒトラーに随行し、総統大本営で勤務しました。1940年頃からヒトラーは呼吸困難を訴えるようになり、モレルは心臓病の治療として、ストロファンチンなどを投与しました。

モレルは、自ら開発したビタミン剤「ビタマルチン」やシラミ駆除薬「ラスラ」を兵士に支給しましたが、効果が薄く、悪臭を放つなど、品質が劣悪だったと言われています。

1944年のヒトラー暗殺未遂事件の際、モレルは負傷したヒトラーを治療しました。この時、ペニシリンを投与したと言われていますが、入手経路は不明です。

その後、ヒトラーは右手の麻痺と頭痛に悩まされ、モレルは自身が所有する製薬工場で作ったサルファ剤を処方しましたが、効果はありませんでした。ベルリン大学の医師は、IGファルベン社の製品を薦めましたが、モレルは拒否しました。

9月、ヒトラーが激しい腹痛に襲われた際、モレルは以前の腸疾患の再発と診断し薬を処方しましたが、症状は悪化しました。黄疸の兆候が見られたものの、モレルは検査結果を隠し、他の医師の診察を妨害しました。最終的に、ヒトラーは大量の下剤を飲まされ、一時的に体調を崩したものの、モレルの地位は揺るぎませんでした。

モレルの薬を服用した医師の一人が、薬に劇物が含まれていることを発見し、ヒトラーに解任を進言しましたが、モレルはヒムラーの尋問を受け、責任を認めながらも留任しました。その後、ヒトラーの健康管理は別の医師に引き継がれましたが、最期までモレルの信頼は厚かったと言われています。

1945年4月、モレルはヒトラーから解任され、ベルリンから脱出しました。

逮捕と死

モレルはアメリカ軍に逮捕され、ブーヘンヴァルト捕虜収容所で尋問を受けましたが、犯罪に当たるものはなく、訴追はされませんでした。尋問を担当した者たちは、モレルの肥満と不潔さにうんざりしたと述べています。

モレルの健康は急速に悪化し、肥満と言語障害に苦しみ、1948年5月26日、病院で亡くなりました。

ヒトラーへの薬物投与

モレルは、ヒトラーに様々な薬物を投与しました。その中には、アンフェタミン、ベラドンナエキス、アトロピン、カフェイン、コカイン、メタンフェタミン、モルヒネ、ストリキニーネなど、依存性や毒性の高いものが含まれていました。これらの薬物が、ヒトラーの健康を蝕み、行動や判断に影響を与えた可能性も指摘されています。小長谷正明医師は、モレルがヒトラーのパーキンソン病の症状を抑えるために、アンフェタミンなどの薬物を処方していたのではないかと推測しています。

モレルの治療法は、医学的に見て問題が多く、ヒトラーの健康を悪化させたという批判も多くありますが、ヒトラーからの信頼は非常に厚く、主治医として最期まで側近として仕えました。

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