テーレパッサ

テーレパッサ

テーレパッサ（古希: Τηλέφασσα）は、古代ギリシアの神話世界に名を残す女性です。その名は長母音を省略してテレパッサとも記されます。

神話における位置づけと家族

テーレパッサは、古代の主要な海上交易国家であるフェニキアの王、アゲーノールの妃として知られています。彼女は王との間に、後の歴史に大きな足跡を残すことになる数人の子供たちをもうけました。その筆頭に挙げられるのは、名高い都市テーバイの創始者となるカドモスです。他にも、キリクス、ポイニクスといった息子たち、そして比類なき美しさで知られ、大神ゼウスに連れ去られる運命をたどる娘エウローペーがいます。彼女はこれらの子女の母として、神話伝承の中で重要な血統上の役割を担っています。

また、異説によれば、テーレパッサはアゲーノールとの間の子供たちの他にも、海の神ポセイドーンとの間にタソスという息子を生んだとも伝えられています。このタソスは、後に自身が名の由来となったタソス島と関連付けられる人物です。神々の系譜や人間の血統が複雑に絡み合うギリシア神話において、テーレパッサは複数の重要な家系に繋がる母として位置づけられています。

なお、アゲーノールの妻については、テーレパッサではなくアルギオペーという名の女性であったとする別の伝承も存在しており、神話の記録には複数の系統や異聞があることが窺えます。

エウローペーの失踪と旅立ち

テーレパッサの人生における決定的な出来事の一つは、愛娘エウローペーがゼウスによって遠い異国へ連れ去られたことでした。純粋な牡牛に姿を変えたゼウスに魅せられたエウローペーは、その背に乗ったままクレタ島へと渡ってしまったのです。この悲劇的な出来事を知った夫アゲーノール王は深い悲しみに沈み、息子たち、すなわちテーレパッサの息子たちに、エウローペーを見つけ出すまで決して故郷に戻ってはならぬと厳しく命じました。息子たちは父の命を受け、それぞれが娘の捜索へと旅立っていきました。

テーレパッサは、息子たちの中でもカドモスに同行することを決意しました。母として、息子の過酷な旅路を見守り、支えたいという強い思いがあったのかもしれません。彼らは共に故郷フェニキアを離れ、広大な世界へと足を踏み出したのです。長い船旅を経て、彼らがたどり着いたのは、現在のバルカン半島東部に位置するトラーキアの地でした。

トラーキアでの最期とその後の影響

エウローペーを探し求める旅は困難を極めたことでしょう。慣れない異国の地での生活、そして娘の安否に対する不安は、テーレパッサの心身を疲弊させていったと考えられます。悲運にも、テーレパッサはトラーキアの地でその生涯を閉じました。故郷から遠く離れた異郷の地が、彼女の最期の場所となったのです。

母の死に際し、カドモスはトラーキアの地に丁寧な墓を築き、手厚く葬儀を行ったと伝えられています。母を見送った後、カドモスはエウローペーの捜索を断念したのか、あるいは神託に従ったのか、故郷へは戻らず新たな目的地を目指しました。彼はそこから旅を続け、最終的にギリシア本土のボイオーティア地方へとたどり着きました。そこで彼は、やがて古代ギリシア世界を代表する都市の一つとなるテーバイを創建するという、歴史的な偉業を成し遂げることになります。

テーレパッサの死は、息子カドモスの人生の大きな転換点の一つとなったと言えるでしょう。母を失った後、カドモスはようやく自身の新たな運命を切り開き、テーバイ建国へと繋がる道を歩み始めました。このように、テーレパッサは単に英雄たちの母であるだけでなく、娘の悲劇的な失踪と自身の死を通じて、息子カドモスの運命を間接的に形作る上で重要な役割を果たした人物として、ギリシア神話の物語の中に位置づけられています。

これらの伝承は、古代ギリシアの詩人や歴史家によって記録され、後世に伝えられてきました。主な文献としては、偽アポロドーロスによる『ギリシア神話』や、ローマ時代のヒュギーヌスによる『ギリシャ神話集』、そして近代の研究書などが挙げられます。神話には様々な形で伝えられる物語がありますが、テーレパッサはアゲーノール家の悲劇と、それに続くテーバイ建国という重要なエピソードに深く関わる存在として記憶されています。

（この記述は、主にアポロドーロス『ギリシア神話』、ヒュギーヌス『ギリシャ神話集』、高津春繁『ギリシア･ローマ神話辞典』などの情報に基づいています。）

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