ディミトリエ・カンテミール

ディミトリエ・カンテミール（Димитрие Кантемир, 1673年 10月26日 - 1723年 8月21日）は、モルダヴィア（現在のルーマニア）出身の傑出した人物です。政治家としてはモルダヴィア公を二度務め（1693年3月～4月、1710年11月～1711年7月）、学術面では歴史家、地理学者、哲学者、音楽家として多大な功績を残しました。

生涯

タタール系の血を引くモルダヴィアの有力貴族（ボヤール）、カンテミール家の一員として生まれました。父コンスタンティンや兄アンティオフもモルダヴィア公を務めた人物です。ディミトリエは故郷ヤシで言語、文学、歴史の基礎教育を受けた後、1688年から22年間という長い期間をオスマン帝国の首都イスタンブールで過ごしました。この間、スルタン・アフメト2世にその才能を認められ、東洋の言語や文化、音楽といった幅広い知識を吸収しました。

1710年、兄の後を継ぎモルダヴィア公に任命され、イスタンブールを離れます。しかし翌1711年、ロシアとオスマン帝国との間で始まった戦争において、彼はオスマン帝国側を離反し、ロシアのピョートル1世に味方して降伏しました。ところが、プルート川での戦いはロシアの大敗に終わり、モルダヴィアを含むロシア軍占領地はオスマン帝国の手に戻されました。この結果、カンテミールはロシアへの亡命生活を余儀なくされます。ロシアでは貴族としての遇（公爵および宮廷顧問官）を受け、比較的安定した晩年を送りました。1723年、ハリコフでその生涯を閉じました。

カンテミールには二度の結婚歴があり、最初の妻カッサンドラ・カンタクゼネとの間に二人の息子と一人の娘が、二番目の妻アナスタシヤ・トルベツカヤとの間に一人の娘がいました。

学術活動

ディミトリエ・カンテミールは卓越した語学力を持つ人物として知られています。母語であるルーマニア語の他に、ラテン語、ギリシャ語、トルコ語、アラビア語、ペルシア語、ロシア語、スロヴェニア語、ハンガリー語、ドイツ語、フランス語、イタリア語といった10以上の言語を完全に習得していたと言われています。この語学力を活かし、諸学問に通暁しました。故国モルダヴィアやルーマニアに関する歴史書、地理誌、哲学書など、多岐にわたる著作を残しています。

特に東洋の歴史と文化に対する深い造詣を持ち、彼の著作の中でも最も名高いのはラテン語で書かれた『オスマン帝国の勃興と衰退』です。この書は、西欧においてオスマン帝国史を体系的に紹介した最初の試みとして非常に重要視されています。モスクワに亡命した後に執筆されましたが、1734年には英語、1743年にはフランス語に翻訳され、広く西欧世界に紹介されました。

また、カンテミールはオスマン古典音楽の作曲家としても知られており、約40曲の作品が残されています。さらに、オスマン音楽史において画期的な業績を残しました。アラビア文字を応用した独自の文字楽譜を考案し、自身の約40曲を含む350余りの器楽曲を採譜した『文字による音楽の知識の書』をトルコ語（オスマン語）で著し、スルタンに献呈しました。この文字譜は音楽を記録する上で革新的な方法でしたが、残念ながら当時のオスマン帝国では広く普及することはありませんでした。

政治家としては短い期間で波乱に富んだキャリアでしたが、学者としてはその博識と多言語能力を活かし、歴史、地理、哲学、音楽といった様々な分野で重要な著作を残し、特にオスマン帝国に関する研究は東西交流史においても特筆されるべき業績です。

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