ディヤーラー川

ディヤーラー川：古代メソポタミア文明を育んだ河

ディヤーラー川は、イラク北部のスレイマニヤ県に位置するダーバンディハンダムで、シルワン川とタンジェロ川が合流して生まれる、ティグリス川の重要な支流の一つです。総延長は445kmに及び、その源流はイランのザグロス山脈に端を発します。

流路と交通の要衝

川はイラン国内のザグロス山脈、ハマダーン付近に源を発し、その後イランとイラクの国境沿いを約32kmにわたって流れ、最終的にはバグダッドの下流でティグリス川に合流します。上流部には狭窄部があり航行は困難ですが、下流部は両国間の重要な交通路として利用されてきました。

名前の由来と歴史

「ディヤーラー」という名前はアラム語に由来し、クルド語では「シルワン」と呼ばれ、「轟音の海」または「叫ぶ川」という意味を持ちます。イスラム初期には、川の下流はナーラワン運河の一部として利用されていました。イラクのディヤーラー県は、この川の名前にちなんで名付けられました。

古代ギリシャの歴史家ヘロドトスは、「歴史」の中でこの川をジンデス（Gyndes）として言及しています。彼は、キュロス大王が聖なる白い馬がこの川で死んだことへの罰として、川を360本の水路に分散させたと記述しています。その後、水路は砂で埋まり、川は元の姿に戻ったと伝えられています。

紀元前693年には、ディヤーラー川の戦いが、アッシリア帝国とイラン南部のエラムの間で行われました。また、第一次世界大戦中の1917年3月には、大英帝国がチグリス川との合流地点でオスマン帝国を破り、バグダッド陥落へと繋がる重要な戦いが繰り広げられました。

考古学的重要地域

ディヤーラー川流域は、ジャムダット・ナスル時代や初期王朝時代からアッカド帝国時代にかけて繁栄しました。ラルサ時代には、エシュヌンナが特に重要な都市として発展しました。

1930年代には、シカゴ大学オリエント研究所とペンシルベニア大学によって、ディヤーラー川下流域で大規模な発掘調査が行われました。テル・アグラブ、テル・アスマル（古代エシュヌンナ）、テル・イシュチャリ（古代ネリブタム）、カファジェ（古代トゥトゥブ）などの遺跡が発掘され、テル・アスマルからは、初期王朝時代の彫像群であるテル・アスマル・ホードが発見されました。ディヤーラー地域は、当時メソポタミア南部や北部に比べて未開拓でしたが、遺跡の略奪が横行していたため、本格的な発掘調査が開始されました。ジェームス・ヘンリー・ブレスティドとヘンリ・フランクフォートが発掘を主導し、ウルク後期から古バビロニア時代（紀元前3000年～紀元前1700年）にかけてのメソポタミア考古学と年代学に関する貴重な情報をもたらしました。発掘調査後、9本の詳細なモノグラフが出版されましたが、12,000点に及ぶ出土品の多くは未公開のままでした。1992年に開始されたDiyala Database Projectによって、これらの資料の多くが公開されています。

テル・ヤコブセン、セットン・ロイド、ピーニャス・デロウガズなどの学者もこのプロジェクトに携わりました。近年では、ヘムリンダム建設に伴う調査プロジェクトの一環として、ディヤーラー地域が集中的に調査され、テル・イェルキ、テル・ハッサンなどの遺跡が発掘されました。

緋色の陶器

ディヤーラー川沿いからは、「緋色の陶器」と呼ばれる特徴的な陶器が出土します。これらの陶器は鮮やかな彩色で絵付けされており、紀元前2800年頃に開発され、メソポタミア中央部のジェムデトナスル陶器と関連があります。この緋色は、主に赤鉄鉱を使用して作り出されています。緋色の陶器は初期王朝時代に典型的なものであり、ディヤーラー川沿いがメソポタミア南部とイラン高原を結ぶ重要な交易路であったことを示唆しています。緋色の陶器は、POŠT-E KUH（西ロレスターン）やスーサ（エラム期）でも取引されていました。

ダム建設

現在、イランではダリアンダムが建設中で、水力発電と、Nosoud水輸送トンネルを通じた川の水のイラン南西部への灌漑利用が計画されています。イラクでは、ダルバンディカンダムとヘムリンダムが水力発電と灌漑のために建設され、バグダッド近郊のディヤーラー渓谷下流では、ディヤーラー堰が洪水と灌漑を制御しています。

主なダム

ダルバンディハン ダム（イラク）
バワヌール ダム（建設中、イラク）
ヘムリン ダム（イラク）
ディヤーラー堰（イラク）
ガラン ダム（イラン）
ダリアン ダム（イラン）

ディヤーラー川は、古代から現代に至るまで、この地域の文明と深く結びついており、その歴史的、考古学的、そして水資源としての重要性は計り知れません。

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