ティグリス川

ティグリス川：メソポタミアを潤す大河

ティグリス川は、西アジアを流れる大河であり、ユーフラテス川と共に古代メソポタミア文明の発祥を支えた重要な水路です。現在のトルコ南東部を源流とし、シリア、イラクを南東方向に流れ、最終的にはユーフラテス川と合流してシャットゥルアラブ川となり、ペルシア湾に注ぎます。

名前の由来

ティグリスという名前は、古代ギリシャ語の「ティグリス（Τίγρις）」に由来し、これは「虎」を意味するとも解釈されます。その語源はさらに古く、シュメール語の「イディグナ（Idigna）」に遡ります。この「イディグナ」は「流れの速い川」を意味し、ゆっくりとした流れのユーフラテス川との対比を表していると考えられています。実際に、ティグリス川はユーフラテス川よりも流れが速く、堆積するシルトの量も少ないという特徴があります。

周辺地域では、多様な言語でこの川を指す名前が存在します。中世ペルシア語では「アルヴァンド・ルード（Arvand Rud）」と呼ばれ、これもまた「流れの速い川」を意味します。現代ペルシア語では、ユーフラテス川との合流後の川を指してこの名前が使われています。クルド語では「偉大な水」を意味する「Ava Mezin」という名前でも知られています。

地理

ティグリス川は、トルコのタウルス山脈に源を発し、全長は約1,850キロメートルに及びます。源流はユーフラテス川の源流からわずか30キロメートルしか離れていません。トルコ国内を約400キロメートル流れた後、シリアとの国境を44キロメートルに渡って流れ、その後イラクへと入ります。

ユーフラテス川との合流地点近くでは、ティグリス川からいくつかの運河が分岐しています。これらの運河は、周辺地域の灌漑や湿地の維持に重要な役割を果たしています。主要な運河としては、シャット・アル＝ハイイ、シャット・アル＝ムミナ、マジャル・アル＝カビールなどがあり、中央湿地帯やハウイザ湿地を潤しています。最終的に、ティグリス川はアル＝クルナ付近でユーフラテス川と合流し、シャットゥルアラブ川となります。

イラクの首都バグダードは、ティグリス川の岸辺に位置しています。古代メソポタミアの時代には、ニネヴェ、クテシフォン、セレウキアなどの主要都市がティグリス川沿いに建設され、灌漑用水源として利用されました。

交通と歴史

ティグリス川は、長年にわたり地域における重要な交通路でした。喫水の浅い船であればバグダードまで航行可能であり、より上流のモースルへは筏が利用されました。19世紀には、蒸気船による航行も試みられましたが、嵐による難破事故も発生しました。その後、リンチ兄弟によって蒸気船会社が設立され、観光客を遺跡へと運ぶサービスも行われました。

第一次世界大戦中には、イギリス軍がメソポタミアを制圧する際に、ティグリス川が重要な役割を果たしました。しかし、20世紀に入ると、鉄道や道路輸送の発達により、河川輸送の重要性は低下しました。

管理と水質

近年、ティグリス川は灌漑用水の確保のために大規模なダム建設が行われています。これらのダムは、洪水防止にも役立っていますが、下流域への流量減少や環境への影響が懸念されています。特に、トルコにおけるダム建設は、イラクとの間で水資源をめぐる論争を引き起こしています。モスルダムは、イラク最大のダムであり、その安全性も懸念されています。

2014年には、イラクとトルコの代表者がティグリス川の流量に関するデータ交換や基準作成について合意しましたが、水資源をめぐる問題は依然として存在します。干ばつの深刻化も問題となっており、農業への影響や社会不安を引き起こしています。

伝説と神話

シュメール神話では、ティグリス川はエンキ神によって作られたとされています。ヒッタイトやフルリ人の神話では、ティグリス川は神格化され、「Aranzah」という名前で呼ばれていました。

旧約聖書にもティグリス川が登場し、エデンの園から流れ出る4つの川の一つとして言及されています。また、ダニエル書には、ダニエルがティグリス川の岸辺で啓示を受けたと記されています。

ティグリス川は、イラクの国章にも採用されており、その重要性を示しています。

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