デイヴィッド・クレプス

デイヴィッド・マーク・クレプス

デイヴィッド・マーク・クレプス（David Marc Kreps, 1950年10月18日 - ）は、現代経済学、特にゲーム理論と金融経済学の分野で卓越した功績を残したアメリカ合衆国の経済学者です。現在は、カリフォルニア州にある名門スタンフォード大学のビジネス・スクールで教鞭をとっています。その研究は、不確実な状況下での人間の意思決定や戦略的相互作用の分析に深く根ざしています。

経歴

彼の学術的なキャリアは、1972年にダートマス大学で学士号を取得したことから始まります。その後、スタンフォード大学に進学し、1975年に博士号（Ph.D.）を取得しました。学位取得後、彼はそのままスタンフォード大学ビジネス・スクールに勤め、助教授（1975年-1978年）、准教授（1978年-1980年）を経て、1980年には教授に昇任し、現在に至るまでこの職にあります。スタンフォード大学での長きにわたるキャリアに加え、クレプス教授は、ケンブリッジ大学、イェール大学（高名なコウルズ委員会にて）、ハーヴァード大学、ヘブライ大学、パリ第9大学、テルアビブ大学、オックスフォード大学、ボッコーニ大学など、世界各地の著名な教育・研究機関で客員研究員や客員教授としても活動し、国際的な学術交流に貢献してきました。

主な貢献分野：ゲーム理論

クレプス教授の最も顕著な業績の一つは、ロバート・ウィルソンと共に「逐次均衡（Sequential equilibrium）」という概念を定式化したことです。これは、情報が不完備な状態で行われる時間的な展開を持つゲーム（展開型ゲーム）における戦略的な安定性を示す均衡概念であり、従来のナッシュ均衡をより洗練させたものとして位置づけられています。特に、ゲームの途中で得られる新しい情報に基づいてプレイヤーがどのように行動を修正するかを精緻に分析することを可能にしました。この逐次均衡の枠組みは、企業間の競争や交渉、あるいは国際関係など、様々な実際の状況でプレイヤーが自身の「評判（reputation）」をどのように築き、維持し、それが戦略的な意思決定にどのように影響するかを分析する上で極めて重要なツールとなりました。また、彼は複数回繰り返されるゲームにおけるプレイヤー間の協調行動の可能性についても深く掘り下げた研究を行い、ゲーム理論を用いた組織の行動や構造の分析にも先駆的な業績を残しています。

金融経済学における貢献

ゲーム理論と並行して、クレプス教授は金融経済学の分野でも大きな足跡を残しています。特に、不確実性のある状況下での将来にわたる選択行動に関する初期の研究を経て、金融市場における無裁定原理（Arbitrage-free principle）の確立に貢献しました。これは、リスクなしに利益を得られる機会が存在しないという市場の状態を示す原則であり、現代の資産価格理論の基礎となっています。彼はさらに、資産価格付けの文脈で中心的な役割を果たす「同値マルチンゲール測度」や、リスクを考慮した将来の価値を現在価値に割り引くための「確率的な割引因子」に関する研究も行い、確率論的な手法を用いた現代数理ファイナンス理論の誕生と発展に多大な貢献を果たしました。

代表的な著作・論文

クレプス教授は、その研究成果を数多くの論文や著作として発表しています。

“Sequential Equilibria” (共著, 1982, Econometrica)
“Reputation and Imperfect Information” (共著, 1982, Journal of Economic Theory)
“Martingales and Arbitrage in Multiperiod Securities Markets” (共著, 1979, Journal of Economic Theory)
A Course in Microeconomic Theory (1990, Princeton University Press)
Game Theory and Economic Modelling (1990, Oxford University Press)

その他にも、不確実性下の選択、繰り返しゲーム、組織論、シグナリングゲームなどに関する重要な論文を多数発表しています。

受賞歴

クレプス教授の研究成果は高く評価されており、いくつかの権威ある賞を受賞しています。

1989年：ジョン・ベイツ・クラーク賞
* 2018年：アーウィン・プレイン・ネンマーズ経済学賞、クラリベイト・アナリティクス引用栄誉賞、ジョン・カーティー賞

デイヴィッド・M・クレプスは、ゲーム理論、特に動学的な環境や情報の不完備性が存在する状況下での戦略的相互作用の理解を飛躍的に深化させた研究者です。その業績は、経済学のみならず、経営学、政治学など幅広い分野に影響を与えています。また、金融経済学においても基礎的な理論の構築に貢献しており、現代経済学の発展に不可欠な存在と言えるでしょう。

もう一度検索