トゥリシェン

トゥリシェン：清朝の官僚であり、『異域錄』の著者

トゥリシェン（満文：ᡨᡠᠯᡳᡧᡝᠨ, 漢文：圖理琛/圖麗琛）は、清朝の康熙帝、雍正帝、乾隆帝の三代に仕えた満洲人官吏です。彼は特に、自身の見聞を記した紀行文『異域錄』の著者として広く知られています。満洲正黄旗の出身です。

生い立ちと前半生

トゥリシェンの家系は、イェヘの烏蘇村に居住していたアヤン・ギョロ氏の一族に遡ります。彼の祖先はイェヘ国主から手厚いもてなしを受け、清朝の興隆とともに帰順しました。その後、代々官職に就き、清朝に仕えました。

トゥリシェンは康熙6年（1667年）に生まれました。幼少期は貧しく、虚弱な体質であったため学業は振るいませんでした。しかし、彼は例監（金銭で身分を得た監生）として廷試に臨み、翻訳の才能が認められて康熙帝から内閣撰文中書舎人（正七品）の官職を授かりました。

約10年間の勤務後、勅命により山西・陝西両省の被災民救済、南河の視察、綿甲製造の監督を任されました。その功績が認められ、中書科掌印中書舎人に昇進し、さらに内閣侍読（正六品）に抜擢されました。その後、蕪関の税課監督を務めた後、礼部牛羊群総管に任命されましたが、康熙帝の期待に応えられず罷免されました。その後、7年余りの間、農民として両親の世話をして暮らしました。

後半生と『異域錄』

転機が訪れたのは、ヴォルガ・トルグートへの使節派遣計画が持ち上がった時でした。当時、ヴォルガ河流域は清朝にとって未知の地であり、生還の保証もありませんでした。トゥリシェンは、これまでの恩義に報いるため、康熙帝に請願書を送り、使節への就任を願い出ました。請願は受け入れられ、官位を回復したトゥリシェンは、康熙51年（1712年）から約3年間、ヴォルガ地域に赴き、その見聞を『異域錄』にまとめました。この紀行文は、満漢両言語で記述され、康熙帝を大いに喜ばせ、トゥリシェンは兵部員外郎の官職を与えられました。

雍正帝の時代になると、トゥリシェンはさらに昇進を重ね、雍正5年（1727年）にはカルカ部モンゴルのツェリンとともに、露帝使節と国境問題を協議する大役（キャフタ条約）を任されました。しかし、その後の行動が問題視され、処刑を求める声も上がりましたが、雍正帝によって宥恕されました。

乾隆帝が即位すると、トゥリシェンは内閣学士に就任し、その後工部侍郎に転じましたが、高齢を理由に官職を解かれ、内閣学士に復職しました。乾隆2年（1737年）から病に伏し、乾隆5年（1740年）に73歳で亡くなりました。

官位略年表

以下にトゥリシェンの官位の変遷を年表形式で示します。

康熙25年 (1686)【19歳】：内閣撰文中書舎人
康熙36年 (1697)【30歳】：中書科掌印中書舎人、内閣侍読
康熙42年 (1703)【36歳】：礼部牛羊群総管
康熙54年 (1715)【48歳】：兵部員外郎、兵部郎中
雍正1年 (1723)【56歳】：広東布政使
雍正3年 (1725)【58歳】：陝西布政使、陝西巡撫、川陝総督（代任）
雍正4年 (1726)【59歳】：兵部右侍郎
雍正5年 (1727)【60歳】：兵部左侍郎、吏部右侍郎、兵部右侍郎
雍正6年 (1728)【61歳】：官位免黜
雍正13年 (1735)【68歳】：内閣学士、工部右侍郎（代任）、工部右侍郎
乾隆1年 (1736)【69歳】：内閣学士
乾隆2年 (1737)【70歳】：退官

『異域錄』について

『異域錄』は、トゥリシェンがヴォルガ河流域への使節として派遣された際の紀行文です。この書は、当時のロシアの地理、風俗、文化に関する貴重な情報を提供しており、清朝とロシアの関係を研究する上で重要な史料となっています。満文版も同時に発刊されました。

『異域錄』（満文版：lakcaha jecen de takūraha babe ejehe bithe）康熙54年(1715)

関連資料

『異域録 - 清朝使節のロシア旅行報告』（東洋文庫445）, 訳注・今西 春秋, 編訳・羽田 明, 平凡社, 1985
『世宗憲皇帝實錄』
『高宗純皇帝實錄』
『八旗満洲氏族通譜』
『清史稿』
李 斉芳「清雍正皇帝兩次遣使赴俄之謎 - 十八世紀中葉中俄關係之一幕 -」
「明實錄、朝鮮王朝実録、清實錄資料庫」
「人名權威 人物傳記資料庫」

テレビドラマ

『雍正王朝』：役者 - 胡栄華

トゥリシェンの生涯は、清朝の官僚としての栄達と失脚、そして異国への使節という、波乱に満ちたものでした。彼の残した『異域錄』は、当時の世界情勢を理解する上で欠かせない重要な史料であり、その功績は後世に語り継がれています。

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