トゴン (フーシン部)

トゴン（脱歓）：チンギス・カンの側近ボロクルの後継者

トゴン（生没年不詳）は、13世紀初頭にチンギス・カンに仕えたフーシン部出身の千人隊長です。父は、チンギス・カンの最側近として四駿と讃えられたボロクル・ノヤンであり、その地位を継承しました。

漢文史料である『元史』では脱歓(tuōhuān)と表記されますが、ペルシア語史料の『集史』など西方で編纂された史料には登場しません。この点が、彼の生涯や事績を解明する上での大きな課題となっています。

生涯

『元史』ボロクル伝によると、ボロクルが若くして亡くなった後、トゴンが地位を継承し、第4代皇帝モンケの遠征に従軍して武功を挙げたとされています。しかし、これ以上のトゴンの事蹟については記録が少なく、具体的な遠征先や戦いぶりは不明です。

また、『集史』に名前が登場しないことも、彼の事績を曖昧にする要因となっています。本当にモンケの遠征に参加したのか、参加したとすればどのような役割を果たしたのか、詳しいことは分かっていません。

一方、『元朝秘史』には、モンゴル帝国建国時（1206年）に任命された95名の千人隊長の中に「トゴン（脱歓）」という人物が列挙されています。このトゴンが、ボロクルの子のトゴンと同一人物である可能性も指摘されています。もしそうであれば、彼は帝国の初期から活躍していたことになりますが、確証はありません。

子孫

ボロクルの子孫については、『元史』と『集史』で記述が大きく異なっています。

『元史』では、ボロクルの息子はトゴン（脱歓）、その息子がモンケに仕えたシレムン（失里門）、更にその息子がテムルやカイシャンに仕えたオチチェル（月赤察児）であると記されています。

一方、『集史』では、ボロクルの息子で後を継いだのはジュブクル・クビライであるとされています。また、「ボロクルの一族」であるトクチ・キュレゲンがクビライに仕えたとも記されています。トゴン、シレムン、ジュブクル、トクチそれぞれの関係については記録がなく、不明な点が多いのが現状です。

このように、トゴンに関する情報は史料によって食い違いが多く、その実像は謎に包まれています。今後の研究によって、彼の生涯や事績がより明らかになることが期待されます。

フーシン部ボロクル家

ボロクル・ノヤン（Boroqul ＞博爾忽/bóĕrhū, بورقول نويان/būrqūl nūyān）
千人隊長トゴン（Toγon ＞脱歓/tuōhuān,جوبوکور قوبیلایjūbūkūr qūbīlāī?）
シレムン（Širemün ＞失里門/shīlǐmén）
淇陽王オチチェル・ノヤン（Öčičer ＞月赤察児/yuèchìcháér, اوچاچار نويان/ūchāchār nūyān）
淇陽王タラカイ（Taraqai ＞塔剌海/tǎlàhǎi طرقاي جنکسانک/ṭaraqāī chīnksānk）
知枢密院事マラル（Maral ＞馬剌/mǎlà）
テムル・エブゲン（Temür ebügen ＞鉄木児也不干/tiěmùér yěbùgān）
淇陽王オルジェイ・テムル（Öljei temür ＞完者鉄木児/wánzhě tiěmùér）
淇陽王太師アスカン（Asqan/Torčiyan/Waidu ＞阿思罕/āsīhǎn 脱児赤顔/tuōérchìyán 𠇗頭/wāitóu ويتو جنکسانک/wāītū chīnksānk）
淇陽王エセン・テムル（Esen temür＞也先鉄木児/yĕxiāntiĕmùér）
行省兵馬都元帥タガチャル（Taγačar ＞塔察児/tǎcháér）
行省兵馬都元帥ベルグテイ（Belgütei ＞別里虎䚟/biélǐhŭdǎi）
蒙古軍万戸ミリチャル（Miričar ＞密里察児/mìlǐcháér）
江西道都元帥アルクイ（Alqui ＞阿魯灰/ālŭhuī）
イキレテイ（Ikiretei ＞亦乞列歹/yìqǐlièdǎi）
蒙古軍万戸ベルケ・ブカ（Berke buqa ＞別里閣不花/biélǐgébùhuā）
服都万戸シリベキ（Siri begi ＞昔里別吉/xīlǐbiéjí）
万戸カサル（Qasar ＞合撒児/hésāér）
蒙古軍万戸スンドゥタイ（Sondutai ＞宋都䚟/sòngdōudǎi）

参考文献

志茂碩敏『モンゴル帝国史研究 正篇』東京大学出版会、2013年
* 村上正二訳注『モンゴル秘史 2巻』平凡社、1972年

もう一度検索