トビアスと天使 (ヴェロッキオ)

『トビアスと天使』は、イタリア・ルネサンス期のフィレンツェで活躍した画家アンドレア・デル・ヴェロッキオの工房によって、1470年から1475年頃に制作されたテンペラ画の祭壇画です。この作品は、『旧約聖書』外典の「トビト書」に語られる、トビアスと大天使ラファエルの物語を主題としています。

主題

物語は、アッシリア捕囚の時代に、盲目となったトビトを癒すために神が遣わした大天使ラファエルが、トビトの親戚に変装して現れ、息子のトビアスが借金返済のためにメディアへ旅する際の道案内を引き受けるところから始まります。トビアスは、天使とは気づかずに犬を連れてラファエルと共に旅に出ます。

ティグリス川のほとりで野宿をした際、川から飛び出した魚をラファエルの指示で捕まえ、その心臓、肝臓、胆嚢を取り出します。ラファエルは、心臓と肝臓を火で炙った煙が悪霊を追い払い、胆嚢が眼病を癒す力があると告げます。その後、トビアスはエクバタナで悪霊に取り憑かれていたサラを、魚の心臓と肝臓を炙った煙で救い、結婚します。ラファエルはトビアスの代わりにメディアで借金を回収し、ニネヴェに戻ったトビアスは、魚の胆嚢で父トビトの目を癒します。

作品

絵画では、若いトビアスが、先導する大天使ラファエルの後ろを歩いています。トビアスは右手をラファエルの左腕に回し、背後を振り返る天使と視線を交わしています。画家の手腕により、トビアスのマントが風にはためく様子が描かれ、軽快な足取りを表現しています。ラファエルは、本来「トビト書」ではトビアスの親戚に変装していますが、ここでは翼のある天使の姿で描かれています。

トビアスは左手に、返済された借金の領収書である「リコルド」を持ち、人差し指には魚を結びつけた紐を引っ掛けています。魚の腹にある赤い線は、内臓を取り出したことを示しています。ラファエルが持つ小さな箱には、魚の胆嚢が入っており、トビトの失明を治癒するための薬として保管されています。

この構図は、アントニオ・デル・ポッライオーロが制作した同主題の絵画『大天使ラファエルとトビアス』と密接な関係があるとされています。作品の大部分はヴェロッキオの工房の画家たちによって描かれたとされ、場所によって品質に差異が見られます。大天使とトビアスの左手のポーズは、おそらく同じ図像を元に描かれたと考えられます。一方で、光を反射する魚の鱗の緻密な描写は、綿密な観察に基づいて描かれたことを示しています。

美術史家のマーティン・ケンプは、レオナルド・ダ・ヴィンチが魚の部分を描いた可能性を指摘しています。また、デイヴィッド・アラン・ブラウンは、ふわふわとした毛並の小型犬もレオナルドの筆によるものとしています。さらに、トビアスの髪や袖などにも同様の指摘があります。もしこれらの指摘が正しければ、本作品はレオナルドが制作に関わった現存する最古の絵画ということになります。

レオナルドが描いたとされる箇所は、小型犬や魚の鱗に背景が透けて見えることから、納期間際に追加されたと考えられています。

作品の帰属については諸説あり、若いペルジーノ、ヴェロッキオの自筆、あるいは1470年代初頭のヴェロッキオの弟子ドメニコ・ギルランダイオによるものという説も存在します。

来歴

この絵画は、19世紀にフィレンツェのアンジョロ・ガリ・タッシ伯爵のコレクションとなり、1863年に伯爵が亡くなると、フィレンツェのサンタ・マリア・ヌオーヴァ病院に遺贈されました。1867年にポッライオーロの作品としてナショナル・ギャラリーに収蔵され、1888年以降、ヴェロッキオ派あるいはヴェロッキオの工房に帰属されています。

『トビアスと天使』は、複雑な制作過程と複数の画家の関与、そしてレオナルド・ダ・ヴィンチの初期の筆跡が認められる可能性など、多くの興味深い側面を持つ作品です。

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