トマス・ダンヒル

トマス・フレデリック・ダンヒル

トマス・フレデリック・ダンヒル（Thomas Frederick Dunhill, 1877年2月11日 - 1946年3月13日）は、イギリス出身の作曲家、音楽教育者、そして音楽に関する著述家です。ロンドンのハンプステッドに生を受け、生涯を終えるまで、多岐にわたる音楽活動を展開しました。特にテノールと管弦楽のために作曲された連作歌曲集《葦間の風（The Wind among the Reeds）》は彼の代表作として広く知られていますが、近年の研究や演奏を通じて、その優れた室内楽曲にも改めて光が当てられつつあります。彼はまた、著名なファッションブランド「ダンヒル」の創設者アルフレッド・ダンヒルの弟という、裕福な家庭環境に育ちました。

生涯と活動

ダンヒルは、起業家であった兄アルフレッドを兄に持つ環境で育ち、音楽の道へと進みました。ロンドンの王立音楽大学に入学し、卓越したピアニストとして知られたフランクリン・テイラーからピアノの手ほどきを受け、作曲においては、当時のイギリス楽壇を牽引していたチャールズ・ヴィリアーズ・スタンフォードに師事しました。アカデミックな環境で研鑽を積み、1897年には奨学金を獲得するなど、その才能は早くから認められていました。卒業後、しばらくの間は名門イートン・カレッジで音楽教師として教鞭を執りましたが、1905年には母校である王立音楽大学の教授に迎えられ、後進の指導に尽力しました。

作曲家としては、特に室内楽の分野で重要な足跡を残しました。自身が作曲を手がける一方で、イギリスの室内楽曲の普及にも情熱を注ぎました。1907年から1913年にかけて、ロンドンにおいて「トマス・ダンヒル・コンサーツ」と銘打った演奏会シリーズを主宰し、当時のイギリス人作曲家による重要な室内楽曲を積極的に取り上げ、紹介しました。また、美しい芸術歌曲や連作歌曲も数多く遺しています。彼の名を最も知らしめた《葦間の風》は、ウィリアム・バトラー・イェイツの詩に基づくもので、1912年にテノールのジェルヴェーズ・エルウィスとロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団によってクィーンズ・ホールで初演され、成功を収めました。イェイツの別の詩に作曲した《天の衣（The Cloths of Heaven）》や、シェイクスピアの戯曲『テンペスト』中の歌に曲を付けた《海の挽歌（A Sea Dirge）》なども、彼の歌曲作品として名高いものです。

第一次世界大戦中の1918年7月には、王立フィルハーモニー協会の総裁に就任するという重責を担いました。当時、同協会はトーマス・ビーチャムとその秘書であったドナルド・ベイリスによる事実上の独裁体制下にありましたが、ダンヒルはこの状況を改善し、より民主的な運営体制を確立するために尽力しました。また、国際的な活動も行っており、1922年にはベオグラードで自身の作品を含むイギリス音楽の演奏会を開催しました。さらに、1924年にはエドワード・ジョゼフ・デント編纂の権威ある『音楽事典』に、セルビアの音楽に関する記事を寄稿するなど、幅広い知見を示しました。

主要作品と著作

ダンヒルの作品は多岐にわたり、舞台音楽、声楽曲、管弦楽曲、室内楽など、様々な編成のために作曲されています。

舞台音楽: オペレッタ《タンティヴィ・タワーズ》、児童向け音楽劇《靴のマスク》などがあります。
声楽曲: 児童向けカンタータ《ジョン・ギルピン》、《海の精》、そして有名なテノールと管弦楽のための連作歌曲集《葦間を抜ける風》（1912年）などが挙げられます。
管弦楽曲: 演奏会用序曲《辺境の王》、1922年にベオグラードで初演された交響曲イ短調、チェロ独奏と管弦楽のための《古いイングランド民謡による変奏曲》、ヒューバート・パリー追悼の悲歌的変奏曲などがあります。
室内楽: 現在再評価が進む分野であり、ピアノと木管、弦楽のための五重奏曲 変ホ長調 作品3、ホルン五重奏曲ヘ短調 作品6、ピアノ五重奏曲ロ短調 作品16など、多くの優れた作品を残しています。その他、幻想的三重奏曲 作品36、弦楽四重奏のためのファンタジー、ヴァイオリン・ソナタ2曲、クラリネットとピアノのための幻想組曲 作品91、オーボエとピアノのための三つの小品 作品81、ホルンとピアノのための「豊穣の角」などがあります。

作曲活動に加え、ダンヒルは音楽に関する重要な著作も発表しています。特に1913年に刊行された専門書『室内楽：学生のための論考（Chamber Music: A Treatise for students）』は、この分野に関する貴重な文献です。また、サリヴァンに関する評論『サリヴァンの喜劇オペラ - 批評的考察（Sullivan's Comic Operas - A Critical Appreciation）』（1928年）や、音楽雑誌への寄稿なども行いました。

トマス・フレデリック・ダンヒルは、作曲家としてのみならず、教育者、研究者、そして音楽界の組織運営においても重要な役割を果たした人物です。特に近年、彼の深く情感豊かな、ブラームスにも影響を受けたと言われる室内楽曲への関心が高まり、その音楽的遺産は再び評価され始めています。

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