トラヤヌスの市場

古代ローマの壮大な都市遺跡の中に、「トラヤヌスの市場」（ラテン語: Mercatus Traiani、イタリア語: Mercati di Traiano）として知られる一際重要な建築物群があります。これはしばしば、人類史上初めての複合商業施設、すなわちショッピングセンターであったと称されています。ローマ市内の中心部、フォリ・インペリアリ通り沿いの広大な敷地に位置しており、コロッセオとは反対側の端にあります。この遺構は、古代ローマの人々の実際の生活、特に経済活動の一端を示す「生きたモデル」であり、また長きにわたるローマにおける建築物の修復・保存の歴史を物語る例でもあります。さらに、古代ローマの建築技術の優れた好例としても高く評価されています。

沿革

トラヤヌスの市場は、紀元100年から110年にかけて、当時のローマ皇帝トラヤヌスに仕えた著名な建築家、ダマスカスのアポロドーロスの設計・指揮のもと建設されました。建設後も長い歴史を経ており、中世にはその構造に手が加えられました。具体的には、建物に新たな階が追加されたり、1200年に建てられたミリツィエの塔のような防御を目的とした要素が組み込まれたりしています。その後、この場所には修道院が建設された時期もありましたが、20世紀初頭にトラヤヌスの市場本来の姿を明らかにし、復元するためにそれらは撤去されました。現在、この建物は「Mercati di Traiano Museo dei Fori Imperiali」として博物館となり、一般に公開されています。

構造と機能

トラヤヌスの市場の主要な入口は、現在の11月4日通りに面しています。施設内部に入ると、両側に店舗の跡が並んでいるのが見えます。これらの店舗は「タベルナ」と呼ばれ、様々な商品が取引されていたと考えられています。特に注目すべきは、かつてこの場所でローマ市民に対して小麦が無償で配布されていたという歴史的事実です。このホールの奥には、広いバルコニーが設けられています。ここからは、眼下に広がるトラヤヌスの市場全体はもちろんのこと、壮大なトラヤヌスのフォルム、そして遠方には近代イタリアのシンボルであるヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂までを一望することができます。このバルコニーは、「飲み物」を意味するラテン語に由来する名を持つ「ビベラティカ通り」（Via Biberatica）の一部を形成しており、この通りは市場の入口から内部を貫く主要な動線でした。

市場の機能は階層によって分けられていたようです。上層階は主に事務所として使われていたと考えられています。一方、トラヤヌスのフォルムに面した下層階には、油、ワイン、魚介類、食料雑貨、野菜、果物といった様々な日用品を扱う商店が集まっていました。中世に増築された部分のうち、最上階にあたる建築物は、ビベラティカ通りの半円形に湾曲した部分に面しています。市場の下部構造は、現在では2層構造になっています。地上階にある各店舗の入口は、丈夫なトラバーチン石で造られ、その上には美しいアーチが架けられています。2階部分には、主に油やワインを販売する店舗があったと考えられています。3階部分は壁の一部が残るのみですが、ビベラティカ通りに面しており、おそらく食料雑貨店などが並んでいたと推測されています。さらに、市場の下層には2つの大きなホールがあり、これらは集会や講演、あるいは音楽演奏などに使われた可能性が指摘されています。

市場の建築技術も特筆に値します。天井は、当時のローマが誇るローマン・コンクリートを用いたヴォールト構造になっています。この構造には、中心部に開口部が設けられており、これにより新鮮な空気と自然光が効果的に建物内部に取り込まれる仕組みになっていました。建物全体の主要な材料は、レンガとコンクリートが用いられています。

トラヤヌスの市場は、古代ローマにおける商業活動の中心地であり、その高度な都市機能と建築技術を示す貴重な遺構として、現代に多くの示唆を与えています。

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