トリシャ・ブラウン

トリシャ・ブラウン：ダンスの概念を革新した先駆者

トリシャ・ブラウン（Trisha Brown, 1936年11月25日 - 2017年3月18日）は、アメリカを代表する振付家でありダンサーです。彼女は、ジャドソン・ダンス・シアターとポストモダンダンス運動の創始者の一人として、ダンスの概念を大きく変革しました。ブラウンの作品は、重力に逆らう実験的な試み、日常的な動きを取り入れた独自のスタイル、そして他のアーティストとの創造的なコラボレーションによって特徴づけられます。彼女の生涯と作品は、舞台芸術の歴史において重要な位置を占めています。

生い立ちと初期のダンス教育

トリシャ・ブラウンは、ワシントン州アバディーンで生まれました。幼少期からダンスに興味を持ち、様々なダンススタイルを学びました。1947年には、マリオン・ヘイジェージからミュージカルの指導を受け、アクロバット、ジャズ、バレエ、タップなど、幅広いダンスの基礎を築きました。高校時代には、水中バレエのオリンピック選手コースでトレーニングを積むなど、高い身体能力を養いました。

1958年、ミルズ・カレッジでダンスの学士号を取得。その後、1958年から1960年までオレゴン州ポートランドのリード・カレッジでダンス講師を務めました。また、アメリカン・ダンス・フェスティヴァルでは、ルイス・ホースト、ホセ・リモン、マース・カニンガムといった著名なダンサーや振付家から指導を受け、ダンスの探求を深めました。

実験的なダンスへの挑戦

1960年、ブラウンはカリフォルニア州のアンナ・ハルプリンのスタジオで、即興に関する実験的なワークショップに参加しました。その後、シモーヌ・フォルティやイヴォンヌ・レイナーの勧めでニューヨークに移り、マース・カニンガムのスタジオでクラスを担当していたロバート・ダンのもとで学びました。ここで、作曲家ジョン・ケージの偶然性の理論をダンスに取り入れる構成法を学び、実験的なダンスへの関心を深めました。

イヴォンヌ・レイナー、スティーヴ・パクストン、トワイラ・サープ、ルシンダ・チャイルズ、デビッド・ゴードンらと活動を共にし、1962年には前衛的なジャドソン・ダンス・シアターの創設メンバーとなりました。このグループは、既存のダンスの形式にとらわれない、自由で実験的なダンスを追求しました。

1960年代後半には、ロープやハーネスなどの道具を使って重力に逆らう作品を制作し始めました。壁面を歩行したり、壁を降りてきたりするダンサーの動きを通じて、安定性のダイナミクスを探求しました。これらの「道具のピース」は、ブラウンの初期の代表的な作品群であり、後の彼女のダンス作品における「サイクル」の出発点となりました。

初期の代表作としては、特定の場所で上演されるように設計されたサイト・スペシフィック作品である『Walking on the Wall』（1971年）と『Roof Piece』（1971年）があります。『Walking on the Wall』では、ダンサーがハーネスを付けて壁面を歩行し、『Roof Piece』では、ニューヨークのソーホーにある10ブロック内の屋上12か所で、ダンサーが動きを伝達し合うという実験的な試みが行われました。

1970年には、実験的なダンス集団であるグランド・ユニオンを共同設立し、さらに自身のダンスカンパニー、トリシャ・ブラウン・ダンス・カンパニーを創設しました。また、ダンサーが仰向けで行う『Accumulation』（1971年）は、公共空間や水に浮かんだ筏の上など、様々な場所で上演されました。

1978年の『Accumulation with Talking plus Watermotor』は、3つの異なる作品の要素を組み合わせた複雑なソロで、ブラウン自身のダンス技術の高さを示す作品となりました。

他のアーティストとのコラボレーション

1980年代に入ると、ブラウンは他のアーティストとの協働を通じて、より大規模な舞台作品を制作し始めました。その先駆けとなったのが、ロバート・ラウシェンバーグが舞台美術と衣装を担当した『Glacial Decoy』（1979年）です。この時期の作品は、滑らかで洗練された動きが特徴であり、ブラウンのダンススタイルが確立されました。

『Opal Loop』（1980年）、『Son of Gone Fishin'』（1981年）、そしてラウシェンバーグの舞台美術とパフォーマンス・アーティストのローリー・アンダーソンの音楽を伴う『Set and Reset』（1983年）など、「分子構造サイクル」と呼ばれる一連の作品によって、ブラウンはダンス界の革新者としての地位を確立しました。

特に『Set and Reset』は、3つのスクリーンと5つの16ミリ映写機によって、複数の白黒フィルムが同時に投影され、新聞紙のような模様の衣装を身に着けたダンサーたちが舞台上を動き回るという、非常に独創的な作品でした。

彫刻家のナンシー・グレイヴスが舞台美術を担当した『Lateral Pass』（1985年）からは、「勇壮サイクル」と呼ばれる作品群が始まりました。ドナルド・ジャッドが舞台美術を担当した『Newark』（1987年）、ラウシェンバーグが衣装と舞台装置を手掛けた『Astral Convertible』（1989年）や『Foray Forêt』（1990年）などが続きました。

『For M.G.』（1991年）は、彫刻性と運動性を兼ね備えた作品で、一人のダンサーが舞台上を走り回り、徐々にゆっくりとした動きに変わっていくというものでした。

1990年代には、ミハイル・バリシニコフと共演した『You Can See Us』（1996年）や、観客に背を向けて踊るソロ作品『If You Could n't See Me』（1994年）をもとにしたデュエット作品を制作しました。また、クラシック音楽に振付を行うようになり、バッハの『音楽の捧げ物』に基づく『M.O.』（1995年）や、モンテヴェルディのオペラ『オルフェオ』（1998年）を発表しました。

多様な表現形式への挑戦

ブラウンは、ダンス作品にとどまらず、ドローイングの制作にも積極的に取り組みました。彼女のドローイングは、ダンスの動きを捉えたものであり、作品を理解する上で重要な手がかりとなります。2008年には、ミネアポリスのウォーカー・アート・センターで、彼女の作品を振り返る大規模な展覧会が開催されました。

ブラウンの作品は、国内外の様々な美術館やギャラリーで展示され、高い評価を得ています。

受賞と評価

ブラウンは、1991年にマッカーサー基金の助成を受けました。また、数々の名誉博士号や、アメリカ芸術アカデミーの名誉会員にも選ばれています。

フランス政府からは、芸術文化勲章を複数回授与されており、2000年には国立ダンス博物館のコーネリアス・ヴァンダービルト夫妻記念ホイットニー殿堂に登録されました。さらに、2002年には全米芸術勲章を、2005年にはブノワ舞踊賞を受賞しました。

2010-11年には、ロレックス・メントー・プロテジェ アート・イニシアチヴの一環として、オーストラリアのダンサー・振付家のリー・サールをプロテジェに選出しました。2011年には、ドロシー＆リリアン・ギッシュ賞とベッシー賞を受賞し、2012年にはアメリカ合衆国アーティストフェロー賞を、2013年にはロバート・ラウシェンバーグ賞を受賞しています。

その死と遺産

トリシャ・ブラウンは、2017年3月18日、テキサス州サンアントニオで長い闘病の末に亡くなりました。彼女の遺族には、息子のアダム・ブラウン、その妻エリン、4人の孫、そして弟のゴードン・ブラウンと妹のルイザ・ブラウンがいます。夫のバート・バーは、2016年に亡くなっています。

トリシャ・ブラウンの作品は、今日においても世界中のダンサーや振付家に影響を与え続けています。彼女の実験精神と創造性は、ダンスの可能性を広げ、多くの人々にインスピレーションを与えています。

主な作品

• - Walking on the Wall (1971)
• - Roof Piece (1971)
• - Accumulation (1971)
• - Glacial Decoy (1979)
• - Opal Loop (1980)
• - Son of Gone Fishin' (1981)
• - Set and Reset (1983)
• - Lateral Pass (1985)
• - Newark (1987)
• - Astral Convertible (1989)
• - Foray Forêt (1990)
• - For M.G. (1991)
• - You Can See Us (1996)
• - M.O. (1995)
• - オルフェオ (1998)

参照資料

• - Mazzaglia, Rossella (2007) Trisha Brown. Palermo: L'Epos. ISBN 978-88-8302-329-3

外部リンク

• - Archival footage of Trisha Brown Dance Company performing Set and Reset in 1986 at Jacob's Pillow
• - Archival footage of Trisha Brown Dance Company performing Lateral Pass in 1986 at Jacob's Pillow
• - Archival footage of Trisha Brown performing If You Couldn't See Me in 1994 at Jacob's Pillow
• - Archival footage of Trisha Brown Dance Company performing Five Part Weather Invention in 1999 at Jacob's Pillow
• - Archival footage of Trisha Brown Dance Company performing Les Yeux et L'Ame in 2011 at Jacob's Pillow
• - Archival footage of Trisha Brown Dance Company performing Les Yeux et L'Ame in 2017 at Jacob's Pillow

もう一度検索