トーマス・マコーリー

トーマス・バビントン・マコーリー：19世紀イギリスを代表する歴史家、政治家、そして文筆家

トーマス・バビントン・マコーリー（1800年-1859年）は、19世紀イギリスを代表する歴史家、詩人、そして政治家として知られています。ホイッグ党の政治家として活躍する傍ら、その雄弁な演説と優れた文才で名声を築き上げました。彼の代表作である『イングランド史』は、今日でもイギリスで最も有名な歴史書の一つとして読まれ続けています。

19世紀イギリスの時代背景：繁栄と格差の時代

マコーリーが生きていた19世紀イギリスは、産業革命による経済的繁栄を謳歌する一方で、深刻な社会問題を抱えていました。鉄道網の整備や海外貿易の拡大により富裕層は貴族のような生活を送る一方、都市部では労働者階級が劣悪な環境で過酷な労働を強いられるという、極端な格差社会が形成されていました。特に、工場労働者の生活は悲惨を極め、労働時間の長さや衛生状態の悪さから平均寿命が極端に短かったことが知られています。この社会状況は、チャーティスト運動といった改革運動を引き起こす要因となりました。

マコーリーの生涯：波乱に満ちた人生

マコーリーは、奴隷制度廃止運動にも携わったスコットランド人の父ザッカリー・マコーリーと、母セリナの間にレスターシャーで生まれました。ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ卒業後、優れた文学的才能を発揮し、詩やエッセイで高い評価を得ました。しかし、父の事業の失敗や家族の相次ぐ死など、私生活には多くの困難がありました。生活のために弁護士の道に進もうとした矢先に、ランズダウン侯爵に見出され、政治家としての道を歩むことになります。

政治家としてのマコーリー：ホイッグ党の雄

ランズダウン侯爵の後押しにより、マコーリーは下院議員に当選します。議会では、選挙制度改革やユダヤ人の公民権擁護などに積極的に発言し、その雄弁さで聴衆を魅了しました。その後、インド総督評議会に派遣され、インド刑法典の編纂や英語教育の普及に貢献しました。帰国後は、戦時大臣や陸軍主計長官など要職を歴任し、イギリス政治に大きな影響を与えました。しかし、アイルランドのカトリック聖職者養成機関への補助金増額に賛成したことで選挙に敗れるなど、常に政治的な嵐の中を生きていました。

文筆家としてのマコーリー：歴史家としての評価

マコーリーは、政治家としてだけでなく文筆家としても優れた才能を発揮しました。彼のエッセイや演説は、明確で力強い文体で知られ、時に独断的な主張も含まれていましたが、大きな影響を与えました。『エディンバラ評論』への寄稿では、功利主義者ジェームズ・ミルと激しい論争を繰り広げ、その論戦はマコーリー自身の知名度を高めると共に、功利主義そのものの発展にも寄与しました。

彼の最高傑作『イングランド史』は、ジェームズ2世の即位から始まるイギリスの歴史を叙述した大作です。出版以来150年以上もの間、絶版になることなく読み継がれており、その鮮やかな描写と読みやすさで高い評価を得ています。しかし、その一方で、史料の選択や解釈にホイッグ史観が色濃く反映されていること、また正確性よりも物語性を重視していることから、歴史家からは厳しい批判も受けてきました。

マコーリーの思想：宗教的寛容と自由主義

マコーリーの思想の中心には、宗教的寛容と自由への深い信念がありました。奴隷、アイルランド人、ユダヤ人など、様々な抑圧された人々の権利擁護に尽力し、穏健な改革を通じて自由な社会の実現を目指しました。ただし、私有財産制度と普通選挙の両立には懐疑的でした。

ホイッグ史観と現代における評価

マコーリーは、ホイッグ史観を体現する歴史家として知られています。ホイッグ史観とは、自由主義的な進歩を歴史の主軸として捉える歴史解釈です。マコーリーは、彼の優れた文才と物語性を重視する歴史叙述で、ホイッグ史観を大衆に浸透させることに貢献しました。しかし、20世紀以降、より客観的で詳細な歴史研究が進むにつれて、ホイッグ史観は批判の対象となり、マコーリーの著作も再評価の対象となりました。それでも、歴史を分かりやすく、魅力的に伝える彼の叙述力は、現在でも高く評価されています。特に近年の歴史叙述の復活という流れの中で、マコーリーの物語性に再び注目が集まっています。

日本におけるマコーリー

日本では、マコーリーの直接的な影響は限定的ですが、明治時代にイギリス史への関心が高まった際に、間接的に影響を与えました。特に、イギリスの近代化モデルとして、マコーリーのホイッグ史観が参考とされたと考えられます。竹越与三郎の伝記が、日本でマコーリーを初めて詳細に紹介したものです。

結論

トーマス・バビントン・マコーリーは、歴史家、政治家、そして文筆家として多大な業績を残しました。彼の著作は、時代を超えて読まれ続け、その叙述力と読みやすさは高く評価されています。しかし、彼のホイッグ史観や歴史記述方法には批判的な意見もあるものの、彼の歴史への貢献と影響は、今もなお色褪せることなく現代に受け継がれています。

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