ホイッグ史観

ホイッグ史観：進歩と勝利者の物語

ホイッグ史観とは、歴史を単純な善悪二元論、すなわち「進歩を推進した英雄的勢力」と「進歩を阻害した保守的な勢力」の対立として解釈する歴史観です。この歴史観では、歴史の進歩は必然的なものであり、現在の成功や繁栄は歴史の必然的な帰結として描かれます。まるで、歴史が予め定められたレールの上を、着実に進歩してきたかのように解釈するのです。

この「進歩」の尺度は、歴史家が恣意的に設定することが多く、結果として現在の体制や価値観を正当化するための道具として利用される危険性があります。例えば、イギリス史においては、ホイッグ党（議会派）が歴史の進歩を担い、トーリー党（王党派）がそれを阻害したと解釈することで、ホイッグ党の政治的優位性を正当化しようとする試みが見られます。

ホイッグ史観の特徴

栄田卓弘氏の定義を参考に、ホイッグ史観の主要な特徴を挙げると以下の通りです。

二項対立: 歴史を「進歩の推進者」と「進歩の阻害者」という単純な二項対立で捉えます。後者は歴史的に無意味な存在として扱われます。
現在への志向: 現在の状況を前提に過去を解釈します。過去は現在の起源としてのみ意味を持ち、現在の価値観に合致しないものは切り捨てられます。
* 道徳的判断: 歴史家は過去を道徳的に評価し、進歩に貢献した者を英雄視し、阻害した者を断罪します。歴史は客観的な事実の記述というよりも、道徳的な物語として語られます。

ホイッグ史観の歴史と代表的な人物

ホイッグ史観は、19世紀イギリスの歴史家トーマス・マコーリーが著した『イングランド史』に代表されます。マコーリーは、イギリスの歴史をホイッグ党の視点から記述し、彼らの政治的成功を歴史的必然として描きました。このマコーリーの著作は、ホイッグ史観の典型例として長く認識されてきました。

その後、ホイッグ史観は批判の対象となります。ハーバート・バターフィールドは『ウィッグ史観批判』において、ホイッグ史観の偏見と歴史解釈の危険性を指摘し、歴史研究における客観性の重要性を訴えました。バターフィールドの批判は、歴史学の方法論に大きな影響を与えました。

科学革命におけるホイッグ史観

ホイッグ史観は、科学史においても用いられてきました。「科学革命」を、近代科学への直線的な進歩の過程として解釈する際に、ホイッグ史観が影響を与えていたのです。しかし、トーマス・クーンのパラダイムシフト理論は、科学史を断続的なパラダイム変化の連鎖として捉えることで、ホイッグ史観のような単純な線形モデルの限界を明確に示しました。

日本におけるホイッグ史観の影響

明治維新期の日本においても、ホイッグ史観は大きな影響を与えました。福沢諭吉や徳富蘇峰などの知識人は、イギリスの歴史をホイッグ史観に基づいて解釈し、日本の近代化に役立てようとしました。西洋列強に追いつくために、イギリスの議会政治や経済発展を積極的に学び、それらを日本の発展のモデルとして参考にしたのです。竹越与三郎のように、一般の人にも分かりやすい歴史書を書くためにホイッグ史観を採用した歴史家もいました。

しかし、ホイッグ史観は、歴史的事実を歪曲したり、特定のイデオロギーを正当化するために用いられたりすることもありました。そのため、現在では、歴史解釈においてホイッグ史観の限界や危険性が広く認識されています。現代の歴史学では、多様な視点を取り入れ、より客観的で多角的な歴史像を構築することが求められています。

結論

ホイッグ史観は、歴史を単純化し、特定のイデオロギーを正当化するために用いられる危険性があるため、現代の歴史学では批判的に検討されるべき歴史観です。しかし、歴史研究の変遷を理解する上では、ホイッグ史観が果たした役割や影響を理解することも重要です。ホイッグ史観の歴史的背景や限界を理解することで、より多面的な歴史認識を育むことができるでしょう。

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