ドゥラ・エウロポス

ドゥラ・エウロポス：砂漠のポンペイ、古代都市の謎

ドゥラ・エウロポスは、現在のシリア東部、イラクとの国境付近に位置する古代都市です。ユーフラテス川南岸の高台に築かれ、ヘレニズム時代からローマ帝国、そしてサーサーン朝による征服まで、豊かな歴史を刻みました。その遺跡は、後世の建築物がほとんど残っておらず、古代都市の姿を鮮やかに伝える「砂漠のポンペイ」として知られています。

地理的位置と都市構造

ドゥラ・エウロポスは、ユーフラテス川を見下ろす断崖上に広がっていました。北と南を深い谷に囲まれた地形は、天然の防御壁として機能していました。都市は、ユーフラテス川と平行する通りと、それに直交する通りが碁盤目状に配置された、整然とした都市計画を示しています。東側は断崖と一体となった堅固な要塞、西側は商業地区が発展し、全体を城壁が囲っていました。サーサーン朝の攻撃は、西側の砂漠側から行われたことが、遺跡の状況から読み取れます。

歴史的変遷

ドゥラ・エウロポスの歴史は古く、ヘレニズム時代以前のバビロニアやアッシリアの集落の痕跡も確認されています。紀元前303年、セレウコス朝により、東西交易路の要衝として建設されました。紀元前114年にはパルティアに征服され、パルティア支配下では軍事的中心地として機能しましたが、市民生活はヘレニズム文化の影響を強く受けていました。紀元1～2世紀は最盛期を迎え、パルミラなどとの交易で繁栄しました。

116年にはローマ帝国のトラヤヌス帝が征服しますが、121年にパルティアが奪還。164年にローマの支配下に再び戻り、2世紀後半から3世紀にかけてはローマ帝国の東部国境の重要な軍事拠点として発展しました。しかし、257年、サーサーン朝によって陥落し、廃墟と化しました。

文化の坩堝

ドゥラ・エウロポスは、ギリシア、ローマ、パルミラ、シリア、ペルシアなど、様々な文化が交錯するコスモポリタンな都市でした。遺跡からは、ギリシア、ローマ、パルティア、シリア、ペルシアなどの神々を祀る神殿、ユダヤ教のシナゴーグ、ミトラ教神殿など、多様な宗教施設が発見されています。出土した碑文は、ギリシア語、ラテン語、アラム語、ヘブライ語など、複数の言語で書かれており、多様な文化の共存を示しています。

サーサーン朝による陥落

256年から257年にかけてのサーサーン朝による攻囲戦は、遺跡からその詳細が明らかになっています。サーサーン朝軍は、西側の城壁にトンネルを掘り、城壁内部への侵入を試みました。ローマ軍は、城壁の補強や逆トンネル作戦で抵抗を試みましたが、最終的にサーサーン朝軍は城壁内に侵入し、ドゥラ・エウロポスは陥落しました。この攻囲戦の様子は、残された遺物や遺跡から克明に読み取ることができ、まさに歴史のドラマを感じさせます。研究者の中には、サーサーン朝軍が毒ガスを使用したという説もあります。

遺跡の発掘と出土品

ドゥラ・エウロポスの発掘は20世紀前半から始まり、アメリカ合衆国やフランスの考古学チームが調査を行いました。1930年代の調査で多くの貴重な遺物が発見されました。特に、256年の攻囲戦当時のまま残されたローマ軍の武器や甲冑は、その保存状態の良さから注目を集めています。彩色された木製盾や馬具などは、当時の状況を鮮やかに伝えています。この他にも、フレスコ画、碑文、羊皮紙、パピルスなど、多様な遺物が発掘され、当時の生活や宗教、文化を垣間見ることができます。

主要建築物

ドゥラ・エウロポスの遺跡からは、様々な建築物が発見されています。

神殿: アルテミス、アポロン、ゼウス、バアル、アタルガティスなど、様々な神々を祀る神殿が、ギリシア様式、パルティア様式など、多様な建築様式で建てられていました。多くの神殿の壁には、色彩豊かなフレスコ画が描かれています。
シナゴーグ: 保存状態の良いユダヤ教のシナゴーグは、旧約聖書を題材としたフレスコ画で飾られており、世界最古級の宗教絵画として重要視されています。
キリスト教教会: ドゥラ・エウロポスからは、初期のキリスト教教会堂も発見されました。フレスコ画には、「よき羊飼い」などのキリスト教的な図像が描かれており、現存最古級のキリスト教絵画と考えられています。
ミトラ教神殿: ミトラ教の信者であったローマ兵の存在を示すミトラエウムも発見されています。パルティア風の衣装を着たミトラス像など、パルティア文化の影響が色濃く反映された建築となっています。
宮殿: ストラテゴス（軍事指導者）の宮殿や、ドゥクスの宮殿など、複数の宮殿跡が確認されています。
住宅: 多様な規模の住宅跡から、当時の市民生活の様子が窺えます。
* 墓所: 城壁の外には、地下式と塔式の墓からなる大規模な墓地が広がっていました。

まとめ

ドゥラ・エウロポスは、ヘレニズム、パルティア、ローマと異なる支配下に置かれながらも、独自の文化を花開かせた古代都市でした。多様な文化が融合し、独自の宗教施設や建築様式を生み出したその歴史は、遺跡の発掘を通して現代に伝えられています。その貴重な遺物群は、「砂漠のポンペイ」とも呼ばれるこの遺跡の価値を、さらに高めています。シリア内戦による盗掘の被害が深刻な問題となっていますが、この貴重な遺跡の保護と更なる研究が待たれます。

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