ドナウ川のシーチ

ドナウ川のシーチ：オスマン帝国領に存在したコサックの軍事組織

ドナウ川のシーチ（ウクライナ語: Задунайська Січ）は、1775年から1828年までオスマン帝国領のドナウ川下流に存在したウクライナ・コサックの軍事組織です。この組織を中心とした軍隊は、ドナウ川コサック軍あるいはドナウ・コサックと呼ばれていました。

概要

1775年、ロシア帝国は、それまでウクライナ・コサックの本拠地であったザポロージャのシーチを破壊しました。この出来事により、数千人のコサックが迫害、流刑、そして強制的な農奴化から逃れることを余儀なくされ、オスマン帝国領のドナウ川下流、ドブロジャ地方へとたどり着きました。

オスマン帝国政府は、コサックの忠誠と軍役と引き換えに、彼らの内政自治権を認め、南ブーフ川とドナウ川の間の領地を下賜しました。そこでコサックはドナウ川河口に新たな根拠地（シーチ）を創建しましたが、その領地では以前にヘクラソフ衆というロシア・コサックの一派がオスマン帝国の皇帝の保護を受けて住んでいたため、領土争いが勃発しました。

最終的に、7000人のウクライナ・コサックはオスマン帝国のシリストラ州のセイメニ地方へ移住させられ、残りの8000人は神聖ローマ帝国皇帝ヨーゼフ2世の招待に応じてバナト地方でオーストリアの国境防衛軍として配備されました。しかし、後者はゲルマン系の官僚主義とコサックの理想に反する厳しい管理に耐え切れず、1805年にオーストリアを離れてオスマン帝国のセイメニ地方へ戻りました。

1813年の春、ウクライナ・コサックはドナウ川のカテルレーズ地方で新たなシーチを創立しましたが、2年後、それをドナウ川の支流であるドナヴェツィ川へ移動しました。このシーチの組織はザポロージャのシーチと同様なものでした。最高機関として軍事議会が存在し、そこでコサックの長官である軍隊長、軍裁判官、書記官、軍律取締役と通訳が選ばれていました。コサック全員が軍事議会に参議権を持ち、長官選挙での被選挙権・選挙権を有していました。

このシーチは、短期間でウクライナ人の政治的・社会的な中心となり、ロシアの支配下にあるウクライナから迫害を受けた下級コサックと農民が次々と逃亡していきました。

ドナウ川のコサックは正教徒でしたが、オスマン帝国の軍隊として、同じく正教徒であるセルビア人（1815年 - 1816年）、ギリシア人（1821年）、ルーマニア人（1821年 - 1822年）の反乱者と戦うことを余儀なくされました。また、ウクライナに帰りたいという思いを抱くコサックも少なくありませんでした。

1828年、露土戦争の最中に、イスラム教徒への不満と故国への郷愁を理由に、ヨスィプ・フラドクィーイが率いる1500人のウクライナ・コサックが、イズマイール市の辺りでオスマン帝国側からロシア帝国側へ寝返りました。これらのコサックはロシア軍の枠組みでアゾフ・コサック軍として編成されました。しかし、フラドクィーイの行動によって、オスマン帝国に残されたコサックはオスマン帝国政府による厳しい処分を受けることとなりました。コサックの棟梁であるイヴァン・バランと長官たちが捕らえられて牢屋に入れられ、シーチにいたコサックは全員が殺害され、シーチの教会、学校、図書館などが防備施設とともに焼き払われました。

文化遺産

1863年、ウクライナの作曲家セメン・グラク・アルテモヴシクィイは、ドナウ川のシーチを記念して「ドナウ川のコサック」（Запорожець за Дунаєм）というオペラを作成しました。

関連項目

シーチ
ウクライナ・コサック
* アゾフ・コサック軍

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