ドミナートゥス

ローマ帝国後期の政治形態：ドミナートゥス

ローマ帝国後期、特に3世紀以降の政治体制は、従来「ドミナートゥス（Dominatus）」と呼ばれてきました。これはラテン語で「ドミヌス（dominus、主）による支配」を意味し、日本語では「専制君主政」と訳されます。かつては、帝政ローマ前期の「プリンキパトゥス（元首政）」と対比される概念として用いられていましたが、現代では、プリンキパトゥスに明確に取って代わる新たな体制「ドミナートゥス」は存在しなかったという見方が有力です。そのため、現在では「ドミナートゥス」という言葉はほとんど使用されず、「プリンキパトゥス」という用語が引き続き用いられています。

ドミナートゥスの成立：3世紀の危機とディオクレティアヌスの改革

アウグストゥス帝以降、ローマ帝国は帝政を敷きましたが、共和政への抵抗感を考慮し、アウグストゥスは共和制の形式を維持する「プリンキパトゥス」を継続しました。しかし、3世紀には「3世紀の危機」と呼ばれる大混乱が訪れ、皇帝が短期間で次々と交代する「軍人皇帝時代」が続きます。この混乱を収拾するため、ディオクレティアヌス帝は帝政を改革しました。

ディオクレティアヌスは、自らを「神聖なる皇帝」と称し、皇帝権威の再構築に尽力しました。この「神聖なる」という称号は、皇帝権が単なる職権を超え、神権的なものになったことを象徴しています。ディオクレティアヌスは、属州を再編し、強力な官僚機構を構築することで、皇帝が官僚を通じて直接人民を支配する体制を確立しました。

さらに、ディオクレティアヌスは「テトラルキア」という制度を導入しました。これは、2人の正帝（アウグストゥス）と2人の副帝（カエサル）による4人帝制で、正帝は20年を目安に引退し、副帝に地位を譲るシステムでした。これは、帝国防衛という皇帝の重要な役割を複数の皇帝が分担することを目的としていた側面も持っています。テトラルキアは、共和政やプリンキパトゥスの要素も残しており、皇帝の一人支配を避け、権力の集中を防ぐ仕組みとして設計されていました。ただし、行政業務は建前上は元老院決議と位置づけられ、皇帝が専制的に振る舞うことは制度上制限されていました。

コンスタンティヌス1世と帝国体制の変化

ディオクレティアヌスに続き、コンスタンティヌス1世は、その改革をさらに推し進めました。コンスタンティヌスは、官僚制を整備し、法の厳格な運用を徹底しました。皇帝も法に従わなければならず、たとえ独裁的な人物であったとしても、その制度はプリンキパトゥスの枠組みを超えていませんでした。

軍事面では、コンスタンティヌスは最高軍事司令官である「マギステル・ミリトゥム」を創設し、軍と文官の分離を進めました。行政権の一部は元老院に委ねられ、大量の蛮族兵士が徴募されました。これは、ローマ人エリート層の多くが文官となり、軍隊が蛮族化していく過程を示しています。また、コンスタンティヌスはキリスト教を公認し、政治利用することで皇帝の権威を高めました。

しかし、コンスタンティヌスはディオクレティアヌスの世襲忌避の方針とは異なり、息子や甥に次々と副帝の称号を与え、一族による王朝体制を構築しようともしました。この王朝体制は東ローマ帝国では定着しましたが、西ローマ帝国では、スティリコやリキメルといった蛮族将軍が台頭し、皇帝の権威は急速に低下していきました。最終的に西ローマ帝国では皇帝の地位自体が廃止されました。

まとめ：ドミナートゥスの再考

「ドミナートゥス」は、従来、専制君主政として理解されてきました。しかし、ディオクレティアヌスやコンスタンティヌスの改革は、単なる専制化ではなく、帝国の管理運営の効率化、危機対応を目的とした側面が強いといえます。テトラルキアや官僚制の整備は、むしろ権力の分散とチェック機能の導入と言えるでしょう。後期ローマ帝国の政治体制は、プリンキパトゥスから明確に変化したものの、専制君主政と単純に断言できるものではなく、複雑で多様な要素が混在したものでした。その政治状況は、単なる皇帝の専制という枠組みでは捉えきれない複雑なものであったと理解する必要があります。そして西ローマ帝国の滅亡は、専制君主政の失敗ではなく、むしろ帝政ローマそのものの構造的な問題によるものだったと考えられます。

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