ナシグンバイ

ナシグンバイ（学名：Stephanitis (Stephanitis) nashi Esaki et Takeya, 1931）は、カメムシ目に属するグンバイムシ科の昆虫です。その名の通り、ナシをはじめとするバラ科の様々な樹木を食草とし、葉の汁を吸って植物に被害をもたらすことから、農業害虫として知られています。

特徴

成虫の体長は約3.5mmほどです。頭部は小さく褐色ですが、前胸背にある特徴的な突起（帽状部）が頭部を覆い隠しており、暗褐色の複眼だけが左右に突き出して見えます。触角は細長く黄色をしており、第2節が最も短く、第3節が非常に長く発達し、第4節は第3節の3分の1にも満たない長さです。前胸背は基部が褐色で後方にかけて黒色となります。左右に大きく突き出す翼突起には中央に黒い斑紋があり、前方のやや袋状になった突起にも小さな黒い斑紋が見られます。中央の隆起は大きく黒い斑紋を持ち、側面の隆起は小さいのが特徴です。前翅の鞘状部は大きく、休止時にはX字形に見える黒い斑紋が現れます。翅の周縁部は基部が2列、中央部が3〜4列、亜周縁部が2列、中心部が3列の網目構造を持ち、円板状の部分もはっきりとしています。体の下面は黒色から暗褐色、歩脚は黄色をしています。

幼虫は孵化直後は透き通っていますが、成長するにつれて淡黄色に変化します。体表面には疣状の突起が見られます。

分布

国内では本州、四国、九州に分布しています。国外では台湾、朝鮮半島、中国、そしてロシアの極東地域に生息しています。

生態

ナシグンバイは、主にナシなどのバラ科植物の葉裏から細胞の汁を吸って生活します。越冬は成虫で行われ、落ち葉の下や樹皮の隙間などで冬を過ごします。春になり、5月下旬頃に越冬場所から移動して食草である樹木へと飛来します。越冬を終えた成虫は、食草の新しい葉の裏側に集まり、葉肉組織の中に卵を数個ずつまとめて産み付けます。卵は通常1〜2週間程度で孵化します。孵化したばかりの幼虫は集まって生活する傾向がありますが、成長するにつれて活動的になり、次第に分散していきます。幼虫は5回の脱皮を経て、およそ20日ほどで成虫になります。食草上では、秋までに地域によって2世代から4世代を繰り返します。関東以北では年に2〜3世代、中部以南では3〜4世代を経るとされています。夏以降は成虫が長期間生存し産卵を続けるため、様々な成長段階の個体が混じり合って見られるようになります。晩秋、9月下旬から10月上旬に出現する4世代目の成虫は産卵を行わず、そのまま越冬場所へと移動します。

分類と近縁種

ナシグンバイが属するツツジグンバイ属（Stephanitis）には世界中に60種以上が知られ、日本国内だけでも27種が確認されています。この属はさらにいくつかの亜属に分類されており、ナシグンバイはツツジグンバイ亜属（Subgen. Stephanitis）に含まれています。ツツジグンバイ属には形態的に非常によく似た種類が多く、正確な種類の特定は難しい場合がありますが、寄主となっている植物の種類が同定の重要な手がかりとなります。バラ科の樹木を寄主とする種としては、ナシグンバイの他にトサカグンバイ（Stephanitis takeyai）が知られています。トサカグンバイはバラ科だけでなく、クスノキ科やツツジ科など非常に広範囲の植物を食草とする普通種です。形態や斑紋もナシグンバイによく似ていますが、前胸背前方の帽状部の大きさで区別できます。ナシグンバイでは帽状部がくさび形で頭部を覆っても複眼の幅よりも小さく、複眼が左右によく見えるのに対し、トサカグンバイの帽状部は幅広く、複眼の幅よりも大きくなります。ナシグンバイには朝鮮半島南部に分布する別亜種（Stephanitis nashi sugiensis）が存在し、その他の地域に分布するのは基亜種（Stephanitis nashi nashi）です。

被害の状況

ナシグンバイは、その名の通りナシの主要な害虫の一つですが、リンゴ、モモ、ウメ、オウトウ、サクラなど他のバラ科の果樹や樹木にも加害します。成虫・幼虫ともに葉の裏側から葉緑素を吸収するため、被害を受けた葉はハダニの被害のように無数の白いかすり状の斑点が生じます。また、葉裏には排泄物が付着して汚れてしまいます。被害が進行すると葉は早期に落葉してしまいます。被害は主に7月以降から秋にかけて顕著になります。オウトウでの発生例はありますが、多発することは少ないとされています。リンゴでは第二次世界大戦末期からしばらくの間、広範囲で被害が問題になった時期がありました。サクラにも発生しますが、被害は比較的軽微です。

越冬成虫の生存率がさほど高くないため、春の第1世代による被害はあまり目立たないことが多いです。しかし、世代を繰り返すごとに個体数が急速に増加し、特に盛夏の乾燥した天候が続くと大発生することがあります。一方で、アブラムシやシンクイムシなどの主要な害虫対策として定期的に殺虫剤が散布されている園地では、ナシグンバイの発生は比較的少なく、本種のために特段の防除対策が必要ない場合が多いとされています。しかし、収穫期以降など定期散布が行われない時期に、大発生に至ることもあります。被害の初期段階では葉の白い斑点が小さく見つけにくく、被害が進行して斑点が大きくなってから気づくことが多い傾向があります。防除においては、発生の初期段階を捉えることが重要です。全体として見れば、ナシグンバイは確かに重要な害虫の一つではありますが、より深刻な被害をもたらす他の害虫も存在しており、それらの害虫に対する通常の防除管理によって、ナシグンバイの被害も概ね抑制できている状況にあると言えます。

トサカグンバイはナシグンバイ以上に普通に見られる種とされますが、農業害虫としての重要性はナシグンバイより低いと考えられており、専門書での記述も少ない傾向があります。

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