ナビス

ナビス（古希: Νάβις, 英: Nabis）は、紀元前206年から紀元前192年にかけてスパルタを治めた人物であり、古代スパルタにおいて独立した国家としての最後の君主と位置づけられています。かつての栄光を失いつつあったスパルタの再興を目指し、国内外で積極的な政策を展開しましたが、最終的にはアカイア同盟や新興強国ローマとの対立に敗れ、その死はスパルタが独立性を失い、伝統的な王位が廃止される契機となりました。

権力の掌握と内政改革

ナビスがスパルタの支配者となったのは、紀元前207年にスパルタ王ペロプスの摂政であったマカニダスがマンティネアの戦いで戦死した後、その後任に就いたことに始まります。彼は速やかに権力基盤を固め、ペロプスを廃位し、紀元前206年には処刑して自らが王位に就きました。しかし、当時の歴史家であるリヴィウスやポリュビオスは、ナビスを正当な王ではなく、僭主、すなわち非合法な手段で権力を奪った独裁者と見なしています。彼らの記録によれば、ナビスの支持者はならず者の集まりであり、彼は残虐な手段を用いて恐怖政治を敷いたとされます。

権力を確立したナビスは、紀元前3世紀後半の改革者クレオメネス3世の政策を範としました。彼は富裕層を追放し、その土地を貧困層に再分配する強硬な改革を実行します。さらに多くの奴隷（ヘイロータイ）を解放して市民身分に引き上げました。これらの改革の目的は、自由な市民の数を増やし、スパルタの軍事力を回復させることにありました。市民の増加は、そのまま兵役を担うことのできる兵士の増加を意味したからです。一方で、古典史家たちはナビスの改革を非人道的かつ強圧的なものとして描き出しており、例えば追放された富裕層の妻を、解放された奴隷や山賊と強制的に結婚させたと批判しています。

対外政策と紛争

対外関係において、ナビスはアイトリア同盟、エリス、メッセネといったポリスと同盟を結び、ペロポネソス半島で勢力を拡大するアカイア同盟やマケドニア王国と対峙しました。第一次マケドニア戦争の後、ナビスは領土拡張の野心を示し、ラコニアの大部分やメッセネを一時的に征服しましたが、紀元前204年のメガロポリス攻略は失敗に終わりました。また、同盟国クレタからの援助を得て海軍力の増強に努め、スパルタ市には強固な城壁を築いて防御を固めました。

紀元前201年には再びメッセネに侵攻し、再びその支配下に置きましたが、アカイア同盟の有能な将軍フィロポイメン率いる軍にテゲアで決定的な敗北を喫し、メッセネから撤退を余儀なくされました。ペロポネソス半島北半を支配するアカイア同盟、とりわけフィロポイメンは、その後もナビスの勢力拡大の前に立ちはだかる存在となります。ナビスは幾度かフィロポイメンに敗れましたが、他のアカイア同盟の将軍に対しては勝利を収めることもありました。

第二次マケドニア戦争（紀元前200年-紀元前197年）においては、当初マケドニアと同盟し、その見返りとして重要な都市アルゴスを獲得しました。しかし、戦況がマケドニアにとって不利になると、彼はローマに接近し、結果としてローマの保護下に入る道を選びます。

ローマとの対決（ナビス戦争）

紀元前195年、ローマの前執政官ティトゥス・クィンクティウス・フラミニヌスは、アカイア同盟の要請を受けて、ペロポネソス半島におけるナビスの勢力を削減することを決定しました。フラミニヌスはナビスに対し、獲得したアルゴスをアカイア同盟に返還するか、さもなくばローマと戦争をするかの選択を迫りました。ナビスがアルゴス返還を拒否したため、ローマ軍はラコニアに侵攻しました。これが「ナビス戦争」と呼ばれる戦いです。スパルタ軍は抵抗したものの、最終的にローマとその同盟軍に敗北しました。この敗戦の結果、ナビスは海への重要なアクセスポイントであったギュテイオン港をはじめとする沿岸部の領土を割譲せざるを得なくなり、スパルタが支配する領域は著しく縮小しました。

最期とスパルタ 王位の終焉

支配領域がスパルタ市とその近郊にまで狭められた後も、ナビスはかつての勢力を取り戻そうと画策していました。紀元前192年、彼はローマとセレウコス朝シリアとの間で緊張が高まる状況を利用し、ギュテイオン港とラコニア沿岸部の奪回を試みました。緒戦では港の占領に成功し、海戦でアカイア同盟艦隊を破るなど戦果を挙げましたが、再びフィロポイメンの指揮するアカイア同盟軍に敗れ、スパルタ市の城壁の内側へと追い詰められました。フィロポイメンはスパルタ周辺を荒廃させた後に撤退しました。

その数ヵ月後、ナビスはローマとアカイア同盟からの脅威に対抗するため、アイトリア同盟に援軍を求めました。アイトリア同盟は歩兵1000と騎兵300を派遣しましたが、彼らはナビスを裏切り、紀元前192年に彼を暗殺しました。アイトリア軍はスパルタを支配しようと試みましたが、市民の抵抗により失敗に終わりました。

ナビスの暗殺後、ラコニクスという人物がスパルタ王に就きました。しかし、指導者を失い混乱するスパルタの状況を見たアカイア同盟は、フィロポイメンに大軍を与えて急派し、スパルタを強制的にアカイア同盟に加入させました。これは事実上、スパルタの独立国家としての終焉を意味しました。ラコニクスは紀元前192年のうちに王位から退き、紀元前数世紀にわたって続いたスパルタの王位は廃止されました。ナビスの死は、古代ギリシャ史において重要なポリスであったスパルタの独立が完全に失われた最後の出来事となったのです。

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