ナポリの月

「ナポリの月」と「スパニッシュ・アイズ」

この普遍的なメロディーを持つ楽曲は、ドイツの著名なバンドリーダーであり作曲家でもあったベルト・ケンプフェルトによって生み出されました。1965年に器楽曲として発表されたのが最初であり、彼のリーダー作であるアルバム『The Magic Music of Far Away Places』の冒頭を飾る一曲として世に出ました。この時のオリジナル・タイトルは「ナポリの月 (Moon Over Naples)」でした。

ボーカル化と「スパニッシュ・アイズ」への変貌

発表翌年の1966年、この美しい旋律は歌唱曲としても展開されることになります。まず、チャールズ・シングルトンが歌詞をつけ、歌手のセルジオ・フランチによってボーカル版が録音されました。しかし、このバージョンは残念ながら商業的なチャートで目立った成果を上げるには至りませんでした。

しかし、同年には転機が訪れます。作曲家でもあったエディ・スナイダーが、この曲のために全く新しい歌詞を書き下ろし、さらに曲名を「スパニッシュ・アイズ (Spanish Eyes)」と改めたのです。この新たなバージョンを、当時人気のテナー歌手であったアル・マルティーノが歌唱したところ、予想をはるかに超える世界的な大ヒットを記録することになります。

アル・マルティーノ版の爆発的な成功

アル・マルティーノによる「スパニッシュ・アイズ」は、1965年遅くにアメリカでリリースされると、またたく間に人気に火がつき、翌1966年初頭には『ビルボード』誌の主要チャートであるBillboard Hot 100で最高15位まで駆け上がりました。さらに、イージーリスニング・チャートにおいては4週連続で首位を獲得するという快挙を達成し、アダルト・コンテンポラリー層を中心に絶大な支持を集めました。

この成功はアメリカ国内に留まらず、海を越えてヨーロッパにも波及しました。特にベルト・ケンプフェルトの母国であるドイツでは80万枚を超える驚異的な売り上げを記録する特大ヒットとなり、その人気を不動のものとしました。また、イギリスの全英シングルチャートにも複数回ランクインしており、一度は1970年に最高49位を記録した後、1973年8月には驚異的な再浮上を見せ、なんと最高5位まで順位を上げました。これは、この楽曲が持つメロディーの強さと、長期にわたって人々に愛され続ける普遍性を示しています。こうした経緯を経て、この楽曲のすべてのバージョンにおいて、オリジナルの「ナポリの月」、ヒットした「スパニッシュ・アイズ」のいずれの曲名であっても、作詞者としてはチャールズ・シングルトンとエディ・スナイダーの両名が共同で著作者としてクレジットされる慣習が定着しました。

時代を超えた多様なカバー

「スパニッシュ・アイズ」は、その美しいメロディーと抒情的な歌詞から、その後も時代やジャンルを超えて数多くのアーティストにカバーされ続けています。ポピュラー音楽界のレジェンドであるエルヴィス・プレスリーをはじめ、エンゲルベルト・フンパーディンク、ウェイン・ニュートンといった著名な歌手たちがそれぞれのスタイルでこの曲を歌い、その魅力を再定義しました。他にも、1967年のアルバムに収録したアンディ・ウィリアムスや、ブルース/ブギウギピアニストのリトル・ウィリー・リトルフィールドが1990年のアルバムで取り上げるなど、多様な背景を持つミュージシャンに愛されました。

特に注目すべきカバーとしては、1988年にカントリー界の大御所ウィリー・ネルソンとスペインの世界的歌手フリオ・イグレシアスがデュエットで発表したバージョンが挙げられます。このジャンルを超えた異色のコラボレーションは大きな話題となり、『ビルボード』誌のカントリー・ミュージック・チャートで最高8位を記録するヒットとなりました。近年では、ボーカルグループのイル・ディーヴォがエンゲルベルト・フンパーディンクと共演し、2014年のアルバムに収録するなど、世代を超えて歌い継がれています。オルタナティブ・ロックバンドのフェイス・ノー・モアによるカバーも存在し、この曲の持つメロディーの普遍的な力が、いかに多くのアーティストを惹きつけるかを物語っています。

作曲者ベルト・ケンプフェルトの栄誉

この楽曲の生みの親であるベルト・ケンプフェルトは、「ナポリの月」の成功によって、その作曲に対する功績が公式に認められました。1968年にはBMI賞を受賞しましたが、これは彼がこの年に獲得した5つのBMI賞のうちの一つでした。この年の他の受賞対象となった楽曲には「Lady」、「Sweet Maria」、「夜のストレンジャー (Strangers in the Night)」、「The World We Knew (Over and Over)」といった、後にスタンダードとなる名曲が含まれており、彼の卓越した作曲家としての才能と影響力を改めて示しています。ケンプフェルトの音楽への貢献は没後も高く評価されており、2003年9月16日には再びBMI賞を追贈されました。

ポピュラーカルチャーにおける存在感

「ナポリの月」、そして「スパニッシュ・アイズ」は、単なるヒット曲としてだけでなく、ポピュラーカルチャーにおいても根強い存在感を示しています。世界的に人気のアニメシリーズ『ザ・シンプソンズ』の「シンプソン家の貧乏脱出大作戦 (Homer vs. Dignity)」のエピソードでは、主人公ホーマー・シンプソンがこの曲を歌うコミカルかつ印象的なシーンが描かれ、多くの視聴者の記憶に残っています。また、イギリスで人気のテレビコメディ『Benidorm』のシーズン3最終回でも、登場人物がこの曲を歌唱するなど、様々なメディアで親しまれています。

器楽曲として静かに誕生し、ボーカル曲「スパニッシュ・アイズ」として世界的な成功を収めたこの楽曲は、数え切れないほどのアーティストによってカバーされ、今なお多くの人々に愛され続けています。その優雅で情熱的なメロディーは、時代や国境を超えて、ポピュラー音楽の歴史における確固たるスタンダードとして輝き続けています。

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