ナヨタケ科

ナヨタケ科（Psathyrellaceae）

ナヨタケ科は、ハラタケ目に属する菌類の科の一つです。多くの種は、傘と柄を持つ、比較的もろい繊維質の子実体（いわゆるキノコ）を形成します。胞子は暗色であることが多く、胞子紋も黒色や暗褐色を呈しますが、まれに赤色など明るい色の胞子紋を持つものも存在します。約半数の種では、胞子の成熟に伴い傘が自己融解し、黒い液状になります。

ナヨタケ科の菌の担子胞子には、発芽孔が見られることが多く、胞子壁の中の色素は硫酸によって脱色されます。多くの種は腐生菌であり、窒素源に富んだ環境を好むため、腐葉土、動物の糞、朽木、芝生、庭園地などで見られます。ただし、Psathyrella epimyces のように菌寄生性のものも存在します。

分類

従来の分類では、傘が液化するヒトヨタケ型の形質を示す種の多くが、ヒトヨタケ科（Coprinaceae）に分類されていました。しかし、DNAの塩基配列に基づく分子系統解析の結果、ヒトヨタケ科が単系統群ではないことが判明しました。その結果、ヒトヨタケ属のタイプ種であるササクレヒトヨタケ（Coprinus comatus）がハラタケ科に分類されることになり、ヒトヨタケ科という科名はハラタケ科のシノニムとなりました。そして、ナヨタケ属（Psathyrella）をタイプ属とするナヨタケ科が新設され、ヒトヨタケ科に属していた大部分の種がこの科に移されました。

かつてのヒトヨタケ属（Coprinus）には傘が液化する種が多く含まれていましたが、分子系統解析による再編の結果、ヒメヒトヨタケ属（Coprinopsis）、ヒメヒガサヒトヨタケ属（Parasola）、Coprinellus 属がナヨタケ科に移されました。再編後の Coprinus 属はハラタケ科に属し、ササクレヒトヨタケ属と改名されています。

各属の解説

ナヨタケ属（Psathyrella）

ナヨタケ属はナヨタケ科のタイプ属であり、基本的に傘は液化しません。しかし、多系統の分類群であることが分かっており、将来的に細分化や再編が行われる可能性があります。基準種のナヨタケ（P. gracilis）など、多くの種は吸水性の傘を持つのが特徴です。

アメリカ合衆国オレゴン州のローグ川に生息する P. aquatica は、水中に発生する珍しいキノコで、2010年に新種登録されました。

ムジナタケ属（Lacrymaria）

ムジナタケ属は、傘とひだが液化しないグループです。担子胞子の表面が粗いいぼ状突起で覆われていることと、ひだの縁から透明な液体の滴が滲出することが特徴です。属名の Lacrymaria は、ラテン語で「涙滴」を意味する lacryma に由来します。

その他の属

クロヒメオニタケ属
Homophron 属
ヒメヒトヨタケ属
キララタケ属
イヌセンボンタケ属

代表的な種

ヒトヨタケ（Coprinopsis atramentaria）

ヒトヨタケは、成長すると黒く液化する灰色の傘を持つ代表的なキノコです。束生し、倒木や富栄養な土壌から発生します。食用とされますが、アルコールの分解酵素の働きを阻害するコプリンを含んでいるため、酒とともに摂取すると中毒症状を引き起こすことで知られています。傘の形を保った状態で存在する期間が短いため、「一夜で消えてしまうキノコ」として名付けられました。

ウシグソヒトヨタケ（Coprinopsis cinerea）

ウシグソヒトヨタケは、ヒトヨタケと似た液化する傘を持つキノコです。堆肥や糞上など、より富栄養な環境に多く見られます。培養が容易で世代交代期間が短いため、スエヒロタケと並んで担子菌のモデル生物として利用されています。ゲノムサイズは単相で 36Mbp、染色体数は13です。ゲノム配列の解読とアノテーションが付記されており、分子遺伝学的な解析に用いられています。

一方で、心臓病患者の血管中や、角膜真菌症を罹患したイヌから無性菌糸が検出された例も報告されており、稀に人間や動物への病原性も指摘されています。

Coprinopsis picacea

Coprinopsis picacea は、他のヒトヨタケ属のキノコと異なり単生します。傘の色は暗褐色で白い被膜に覆われており、この皮膜は成長に伴い割れて白い鱗片となります。歴青やインドールのような不快臭を持ちます。ヨーロッパに産し、日本ではまだ発生が記録されていません。

キララタケ（Coprinellus micaceus）

キララタケは、薄褐色の傘を持つ比較的小型のキノコです。夏から秋にかけて、草地や広葉樹の倒木周辺に束生します。傘は淡黄褐色から褐色で、周縁部には条線があります。傘の上部が白い雲母状の鱗粉に覆われているのが特徴で、和名や英名（mica cap, shiny cap, glistening inky cap）の由来となっています。成熟すると傘の縁が黒くなり溶けていきます。古い図鑑には食用としているものもありますが、トリプタミンという毒成分を含むため、食用は推奨されません。

イヌセンボンタケ（Coprinellus disseminates）

イヌセンボンタケは小型で灰白色の傘を持つキノコで、しばしば大群生を形成します。ヒトヨタケ類の他のキノコと似た特徴を持ちますが、傘の液化性が弱く（乾燥した環境下ではほとんど液化せずに原形を保つことが多い）ため、以前はイヌセンボンタケ属（Pseudocoprinus）という独立した分類群として扱われていました。

その他の種

クズヒトヨタケ（Coprinus patouillardii）は、上記のどの属にも属さず、広義のナヨタケ属に含まれています。

Mythicomyces* 属は、ハラタケ科のキノコに似た特徴を持つグループで、分子系統解析によりナヨタケ科の他の種よりも古くに分岐したことが明らかになっています。

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