ナンゴクウラシマソウ

ナンゴクウラシマソウ（南国浦島草）の詳細解説

ナンゴクウラシマソウ（学名: Arisaema thunbergii）は、サトイモ科テンナンショウ属に分類される多年草です。この植物は、同属のウラシマソウ（A. thunbergii subsp. urashima）の基本種とされており、分類学上重要な位置を占めています。ナンゴクウラシマソウは、ウラシマソウと比較して、いくつかの特徴的な違いを持っています。例えば、球茎から生じる子球の数がやや少なく、花序の付属体の下部が黄白色に肥大し、細かい襞が多い点が挙げられます。また、ナンゴクウラシマソウは、小型の株では雄花序をつけ、成長して大型化すると雌花序または両性花序をつける雌雄偽異株という特徴を持ち、雄株から雌株へと性転換することが知られています。

形態と特徴

地下には扁球形の球茎があり、その上部から根が伸びます。球茎の縁には子球が形成されます。植物全体の高さは30cmから60cm程度で、偽茎部は非常に短く、膜状の鞘状葉に囲まれています。葉柄は非常に長く、通常1枚の葉が鳥足状に分裂し、11個から17個の小葉を持ちます。小葉は広線形から披針形で、両端が狭くなっており、中央の小葉が最も大きくなります。葉の表面は濃緑色で光沢があり、葉脈に沿って白色の模様が現れることがあります。発芽1年目の葉は地下で鞘状葉として留まり、地上に出るのは2年目以降となります。

花期は3月から5月で、葉と花序がほぼ同時に展開します。花序柄は短く、花序は地面近くに立ち上がります。仏炎苞は紫褐色で、内面に白色の模様が見られます。仏炎苞筒部は太い筒状で、上部に向かってやや開き、半球状に盛り上がります。仏炎苞の口辺部はややくびれてから開きます。仏炎苞舷部は三角状広卵形で、先端が細く狭まります。花序付属体は下部に柄がなく、仏炎苞の口辺付近に位置する基部が黄白色に肥大し、仏炎苞に沿って前方に曲がり、細かい襞が密生しています。花序付属体の先端は糸状に細長く伸び、仏炎苞の外に出て立ち上がり、その後垂れ下がります。花序付属体の長さは約30cmになります。子房には5個から7個の胚珠があります。果実は秋に赤く熟します。染色体数は2n=28です。

分布と生育環境

ナンゴクウラシマソウは、日本では本州の近畿地方、中国地方、四国、九州に分布しており、山地の林下や林縁に自生しています。日本国外では、朝鮮半島南部の島嶼部にも分布しています。

名前と由来

和名の「ナンゴクウラシマソウ（南国浦島草）」は、その名の通り、南国に生えるウラシマソウという意味で、植物学者の原寛氏が命名しました。「浦島草」という名前は、花序付属体の長く伸びた様子が浦島太郎が釣り糸を垂らしているように見えることに由来します。この名前は古くから知られており、江戸時代の文献にも記載があります。種小名の「thunbergii」は、スウェーデンの植物学者カール・ツンベルクに献名されたものです。

種の保全状況

ナンゴクウラシマソウは、環境省のレッドデータブックには掲載されていませんが、多くの都道府県で絶滅危惧種として指定されており、保全が必要な植物です。地域によっては、生息地の減少や環境の変化によって、その存続が危ぶまれています。

下位分類

ナンゴクウラシマソウには、亜種として、ウラシマソウやタイワンウラシマソウが知られています。

ウラシマソウ（Arisaema thunbergii subsp. urashima）: 日本固有種で、北海道南部から九州北部に分布し、花序付属体は全体的に滑らかで、仏炎苞口辺部付近が黄白色に肥大することはありません。
*タイワンウラシマソウ（Arisaema thunbergii subsp. autumnale）: 台湾特産の亜種で、秋に開花し、雄雌の形態差が著しいのが特徴です。

キノコバエとの関係

近年、ナンゴクウラシマソウの花序付属体と特定のキノコバエとの関係が注目されています。テンナンショウ属の植物は、花粉の送粉者となる昆虫を花序付属体の匂いで引き寄せますが、ナンゴクウラシマソウでは、キノコバエが花序付属体に産卵し、孵化した幼虫が腐った花序付属体を食べるという、これまで考えられていなかった共生関係が発見されました。この発見は、植物と昆虫の関係についての新たな知見をもたらし、「テンナンショウ属の送粉者は搾取されているだけ」という従来の認識を覆すものとして、植物学界に大きな衝撃を与えました。

ギャラリー

ナンゴクウラシマソウの花

ナンゴクウラシマソウの葉

ナンゴクウラシマソウの仏炎苞

ナンゴクウラシマソウの全体

ナンゴクウラシマソウの果実

参考文献

北村四郎・村田源・小山鐡夫共著『原色日本植物図鑑・草本編III』、1984年改訂、保育社
加藤雅啓・海老原淳編著『日本の固有植物』、2011年、東海大学出版会
門田裕一監修、永田芳男写真、畔上能力編『山溪ハンディ図鑑2 山に咲く花（増補改訂新版）』、2013年、山と溪谷社
大橋広好・門田裕一・木原浩他編『改訂新版 日本の野生植物 1』、2015年、平凡社
牧野富太郎原著、邑田仁・米倉浩司編集『新分類 牧野日本植物図鑑』、2017年、北隆館
邑田仁・大野順一・小林禧樹・東馬哲雄著『日本産テンナンショウ属図鑑』、2018年、北隆館
米倉浩司・梶田忠 (2003-)「BG Plants 和名－学名インデックス」（YList）
原 寛「東亜植物考（其八）」『植物研究雑誌 (The Journal of Japanese Botany)』第11巻第12号、津村研究所出版部、1935年、821-822頁、doi:10.51033/jjapbot.11_12_1636。
飯沼慾斎、ウラシマサウ、『草木図説前編』20巻(19)、国立国会図書館デジタルコレクション
日本のレッドデータ検索システム
死の罠が育児室に！　テンナンショウとキノコバエの奇妙な関係、神戸大学プレスリリース

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