ナンム

ナンム（𒀭𒇉）は、シュメール神話に登場する海の女神であり、万物を生み出した母として、また全ての神々の祖先として知られています。シュメール人にとって、ナンムは永遠の昔から存在する始原の存在であり、世界の根源と考えられていました。

ナンムの役割と創造神話

神話によれば、最初に原初の海であるナンムが存在し、彼女から天と地が結合した「天地の山」であるアンとキが生まれました。アンは男神、キは女神であり、この二柱の神の結合によって、大気の神エンリルをはじめとする多くの神々が誕生したとされています。また、ナンムは神々の労働を肩代わりさせるために、人間を創造したとも伝えられています。

ナンムを表す楔形文字は、「海」や「深淵」といった意味を持つ表意文字であり、彼女の容姿は、ウルから出土した蛇の頭を持つ女神像のように、蛇女神として表現されることもありました。メソポタミアの宇宙観では、宇宙は女神が宇宙を妊娠し、出産することで誕生すると考えられており、ナンムはその宇宙観を象徴する存在であったと言えるでしょう。

ナンム信仰の広がりと影響

ナンム信仰は、数千年にわたってメソポタミアの人々に支持され続けました。ウル・ナンム王は、自らを「女神ナンムの召使」と称し、彼女への敬意を表しました。また、ナンムは、後にバビロニア神話に登場する海の女神ティアマトの原型になったとする説もあります。レイ・タナヒルは、著書『セックス・イン・ヒストリー』（1980年）において、ナンムを古代の宇宙進化論の神話における「唯一の女性の不動の動者」として指摘し、彼女の重要な役割を強調しました。

ナンムは、シュメール神話における重要な女神であり、その影響はメソポタミアの宗教や文化に深く根ざしていました。彼女は、宇宙の始まり、神々の誕生、そして人間の創造に関わる存在として、古代の人々に畏敬の念を抱かれていたのです。

参考文献

* 森雅子『神女列伝―比較神話学試論2』慶應義塾大学出版会、2013年。ISBN 978-4-766-42090-6

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