ニクズク属

ニクズク属（学名: Myristica）は、ニクズク科に属するおよそ170種の常緑高木を含むグループです。この属の学名は、ギリシャ語で「香油」を意味する言葉に由来しており、多くの種が芳香を持ちます。南アジアからオーストラリア、太平洋諸島の熱帯地域を中心に分布しており、特にニクズク（Myristica fragrans）は香辛料として世界中で広く知られています。

ニクズク属の植物は、大きなものでは高さ35メートルに達する常緑の高木です。小枝には皮目が見られ、一部の種では根元に支柱根を発達させることがあります。葉は茎に互い違いにつき、葉柄を持ちますが、托葉はありません。表面は無毛で、特に裏面はしばしば白っぽい色をしています。葉脈は羽状に走り、主脈は葉の表面側でややくぼみ、側脈はほぼ平行に走ります。三次脈はあまりはっきりしません。花は単性で、一つの株に雄花と雌花が別々につく雌雄異株です。花被片は通常3枚で、革質か肉厚で、基部が合着してつぼ形や釣鐘形になります。先端は通常3つに裂けます。雄花では多数の雄しべが合わさって柱状になり、雌花には1つの雌しべがあり、花柱は非常に短く、柱頭がわずかに2つに裂ける特徴があります。果実は成熟すると縦に割れて開き、その中に含まれる種子が露出します。この種子は、しばしば鮮やかな色の仮種皮によって深く覆われています。果実の形は球形から洋ナシ形まで多様で、大きさも1センチメートルから10センチメートルほどになります。

ニクズク属の植物は、インド、中国南部、台湾から東南アジア、ニューギニア島、オーストラリア、フィジーなど、広範囲の熱帯地域に自生しています。特に重要な香辛料であるニクズク（Myristica fragrans）は、原産地であるインドネシアのモルッカ諸島から、現在ではアフリカや中南米を含む世界の熱帯各地で栽培されています。多くの種は低地の森林に生育しますが、一部には標高2,000メートルといった高地に自生する種や、湿地に生育する特殊な環境に適応した種（Myristica fatua, M. malabarica, M. beddomeiなど）も存在します。興味深い生態として、一部の種では小枝の内部に空洞があり、アリに営巣場所を提供するアリ植物としての性質が見られます。繁殖においては、ニクズク属は雌雄異株であり、小さく目立たない花を咲かせます。これらの花粉媒介は、主に甲虫、アザミウマ、双翅類といった小型の昆虫によって行われます。送粉昆虫は花粉を報酬として花を訪れますが、花粉を持たない雌花への誤った訪問によって受粉が成立するという独特な仕組みが見られます。一般的に雄株の割合が多い傾向がありますが、開花時期の不規則さから、季節によって雄花と雌花の比率は変動します。

ニクズク属の中で最も人との関わりが深いのは、やはりニクズク（Myristica fragrans）です。その種子は古くから香辛料や生薬として世界中で重宝されています。種子の内部にある胚乳はナツメグ（nutmeg）として、種子を包む仮種皮はメース（mace）として利用されます。どちらもスパイシーさと甘さを併せ持った香りと、まろやかなほろ苦さが特徴ですが、メースの方が香りが穏やかで繊細です。種子から抽出される油脂はニクズクバター（ナツメグバター）と呼ばれ、乾燥種子を水蒸気蒸留して得られる精油はニクズク油（ナツメグ油）として、香料など様々な用途に用いられています。ニクズク以外にも、パプアニューギニアに分布するMyristica argenteaが香辛料や香水、石鹸などに、インドなどに分布するMyristica andamanica、M. malabarica、M. beddomeiといった種が薬用として利用されることがあります。また、ニクズク属のさまざまな種の木材も利用されており、ペナハランやカウダムなどの名前で市場に流通しています。

現在、ニクズク属にはおよそ170種の植物が確認されています。

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