ニコライ・ドミトリエヴィチ・クズネツォフ
ニコライ・ドミトリエヴィチ・クズネツォフは、ソビエト連邦の航空宇宙開発史に名を刻む傑出したエンジン設計者です。彼は、後に自身の名を冠した「N・D・クズネツォフ記念サマーラ科学技術複合」の母体となった、ソビエト連邦第276国営連邦試験工場（OKB-276）の主任技師を務めました。
クズネツォフのキャリアは、銅細工職人から始まり、やがて整備士としての道を歩みます。1930年に学校を卒業した後も、現場で整備士として働きながら、モスクワ航空大学で勉学に励みました。さらに1933年からは航空技術学校の原動機部門で専門的な知識を深め、1938年にはその功績が認められ、名誉学位を授与されました。卒業論文では、高度6,000メートルで1,500馬力を発揮する、当時としては非常に高度な技術を要する4キャブレター式28気筒4列星型エンジンについて詳細に論じています。
学業の傍ら、1939年4月には共産党のアカデミー支部メンバーに選ばれ、教員としても活動を開始します。1941年4月には、航空機エンジンの構造的な信頼性に関する重要な論文を発表するなど、理論と実践の両面でその才能を発揮しました。
彼のキャリアの大きな転換点の一つは、1942年に訪れます。ソ連空軍での訓練中に出会ったゲオルギー・マレンコフは、クズネツォフの能力を見抜き、ウファ航空工場の技師としての職を斡旋しました。ウファでは、1943年から1949年にかけて、当初はウラジーミル・クリーモフの指導の下で働き、後に主任設計者へと昇進します。
1949年には、クイビシェフ（現在のサマーラ）にあるソ連航空産業省第2国営連邦試験工場へ転勤となり、そこで著名なロケット設計者であるセルゲイ・コロリョフと共に、ソビエト連邦の航空宇宙技術を牽引する重要なプロジェクトに携わることになります。
第二次世界大戦後、ドイツの先進的なタービン技術がソ連にもたらされたことは、クズネツォフの研究開発に大きな影響を与えました。実用化されていたユモ 004やBMW 003といったガスタービン実機に加え、計画段階にあったユモ 022の設計資料も入手可能となりました。
1949年にクイビシェフ工場に着任したクズネツォフは、ジェットエンジンの主任設計者として、ドイツ人技術者たちの協力のもと、革新的なターボプロップエンジンの開発に着手します。この開発は目覚ましい成功を収め、1955年に完成した新型エンジン「クズネツォフ NK-12」は、卓越した性能を示しました。その後の改良により、出力は11,000kW（約14,750馬力）にまで増加し、当時世界最速のプロペラ機であったTu-95戦略爆撃機をはじめ、An-22戦略輸送機やA-90 オルリョーノク地面効果翼機といったソ連を代表する航空機に採用されました。
NK-12の成功に加え、1954年にはアフターバーナーを備えた「クズネツォフ NK-6」の開発も試みましたが、これは残念ながら完成には至りませんでした。しかし、航空エンジン開発における一連の貢献が評価され、1957年には栄誉ある社会主義労働英雄の称号を授与されています。
1960年代には、世界初の超音速輸送機を目指したTu-144のためにターボファンエンジン「クズネツォフ NK-144」を開発しました。しかし、このエンジンは燃費効率に課題があり、最終的にはコレゾフ RD-36-51ターボジェットエンジンに置き換えられることになります。
これらの開発経験は、後に超音速重爆撃機Tu-160のために開発された強力なエンジン「NK-32」へと引き継がれました。
クズネツォフの貢献は航空分野に留まりませんでした。1959年からは、ソ連の有人月面探査計画で使用される予定だった超大型ロケットN-1のためのエンジン開発にも深く関わります。彼は、この計画のために液体燃料ロケットエンジン「NK-15」およびその発展型「NK-15V」を開発しました。これらのエンジンは後に「NK-33」および「NK-43」として知られることになります。NK-15系列の設計は技術的に非常に優れており、今日までに設計された液体燃料ロケットエンジンの中で最高の推力重量比を達成したと評価されています。
しかし、開発途中に生じた技術的な問題の解決が待たれる中、N-1ロケット計画自体が中止されたため、NK-15系列のエンジンは実戦投入される機会を失いました。それでも、その先進的な設計思想は現代にも受け継がれており、NK-15をベースとした「RD-180」エンジンが、アメリカのロケットであるアトラスVに採用され、現在も製造・供給されています。
1980年代後半には、燃費効率を大幅に向上させることを目指した、バイパス比17:1という超高バイパス比ターボファンエンジン「クズネツォフ NK-93」の開発に着手しました。しかし、ギアユニットの信頼性や、エンジンの全体的なサイズおよび重量といった技術的な課題の克服に時間を要し、最終的には資金難も重なって、2009年に開発が中止されました。
ニコライ・ドミトリエヴィチ・クズネツォフは、航空宇宙技術の発展に生涯を捧げ、数々の困難なプロジェクトに挑戦し続けました。彼は1995年7月30日、84歳でその生涯を閉じました。
彼の功績は高く評価され、社会主義労働英雄の称号を2回、また故郷であるクイビシェフ（現在のサマーラ）の名誉市民（1982年）の称号を授与されています。彼の技術的な遺産は、現代の航空機やロケットエンジンにも受け継がれています。
社会主義労働英雄（2回）
クイビシェフ名誉市民（1982年）
経歴と初期の歩み
クズネツォフのキャリアは、銅細工職人から始まり、やがて整備士としての道を歩みます。1930年に学校を卒業した後も、現場で整備士として働きながら、モスクワ航空大学で勉学に励みました。さらに1933年からは航空技術学校の原動機部門で専門的な知識を深め、1938年にはその功績が認められ、名誉学位を授与されました。卒業論文では、高度6,000メートルで1,500馬力を発揮する、当時としては非常に高度な技術を要する4キャブレター式28気筒4列星型エンジンについて詳細に論じています。
学業の傍ら、1939年4月には共産党のアカデミー支部メンバーに選ばれ、教員としても活動を開始します。1941年4月には、航空機エンジンの構造的な信頼性に関する重要な論文を発表するなど、理論と実践の両面でその才能を発揮しました。
彼のキャリアの大きな転換点の一つは、1942年に訪れます。ソ連空軍での訓練中に出会ったゲオルギー・マレンコフは、クズネツォフの能力を見抜き、ウファ航空工場の技師としての職を斡旋しました。ウファでは、1943年から1949年にかけて、当初はウラジーミル・クリーモフの指導の下で働き、後に主任設計者へと昇進します。
1949年には、クイビシェフ（現在のサマーラ）にあるソ連航空産業省第2国営連邦試験工場へ転勤となり、そこで著名なロケット設計者であるセルゲイ・コロリョフと共に、ソビエト連邦の航空宇宙技術を牽引する重要なプロジェクトに携わることになります。
航空エンジン開発における貢献
第二次世界大戦後、ドイツの先進的なタービン技術がソ連にもたらされたことは、クズネツォフの研究開発に大きな影響を与えました。実用化されていたユモ 004やBMW 003といったガスタービン実機に加え、計画段階にあったユモ 022の設計資料も入手可能となりました。
1949年にクイビシェフ工場に着任したクズネツォフは、ジェットエンジンの主任設計者として、ドイツ人技術者たちの協力のもと、革新的なターボプロップエンジンの開発に着手します。この開発は目覚ましい成功を収め、1955年に完成した新型エンジン「クズネツォフ NK-12」は、卓越した性能を示しました。その後の改良により、出力は11,000kW（約14,750馬力）にまで増加し、当時世界最速のプロペラ機であったTu-95戦略爆撃機をはじめ、An-22戦略輸送機やA-90 オルリョーノク地面効果翼機といったソ連を代表する航空機に採用されました。
NK-12の成功に加え、1954年にはアフターバーナーを備えた「クズネツォフ NK-6」の開発も試みましたが、これは残念ながら完成には至りませんでした。しかし、航空エンジン開発における一連の貢献が評価され、1957年には栄誉ある社会主義労働英雄の称号を授与されています。
1960年代には、世界初の超音速輸送機を目指したTu-144のためにターボファンエンジン「クズネツォフ NK-144」を開発しました。しかし、このエンジンは燃費効率に課題があり、最終的にはコレゾフ RD-36-51ターボジェットエンジンに置き換えられることになります。
これらの開発経験は、後に超音速重爆撃機Tu-160のために開発された強力なエンジン「NK-32」へと引き継がれました。
ロケットエンジン開発への参画
クズネツォフの貢献は航空分野に留まりませんでした。1959年からは、ソ連の有人月面探査計画で使用される予定だった超大型ロケットN-1のためのエンジン開発にも深く関わります。彼は、この計画のために液体燃料ロケットエンジン「NK-15」およびその発展型「NK-15V」を開発しました。これらのエンジンは後に「NK-33」および「NK-43」として知られることになります。NK-15系列の設計は技術的に非常に優れており、今日までに設計された液体燃料ロケットエンジンの中で最高の推力重量比を達成したと評価されています。
しかし、開発途中に生じた技術的な問題の解決が待たれる中、N-1ロケット計画自体が中止されたため、NK-15系列のエンジンは実戦投入される機会を失いました。それでも、その先進的な設計思想は現代にも受け継がれており、NK-15をベースとした「RD-180」エンジンが、アメリカのロケットであるアトラスVに採用され、現在も製造・供給されています。
晩年と遺産
1980年代後半には、燃費効率を大幅に向上させることを目指した、バイパス比17:1という超高バイパス比ターボファンエンジン「クズネツォフ NK-93」の開発に着手しました。しかし、ギアユニットの信頼性や、エンジンの全体的なサイズおよび重量といった技術的な課題の克服に時間を要し、最終的には資金難も重なって、2009年に開発が中止されました。
ニコライ・ドミトリエヴィチ・クズネツォフは、航空宇宙技術の発展に生涯を捧げ、数々の困難なプロジェクトに挑戦し続けました。彼は1995年7月30日、84歳でその生涯を閉じました。
彼の功績は高く評価され、社会主義労働英雄の称号を2回、また故郷であるクイビシェフ（現在のサマーラ）の名誉市民（1982年）の称号を授与されています。彼の技術的な遺産は、現代の航空機やロケットエンジンにも受け継がれています。
栄典
社会主義労働英雄（2回）
クイビシェフ名誉市民（1982年）
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