ニコ・ピロスマニ

ニコ・ピロスマニ：放浪と孤高の画家

ニコ・ピロスマニ（本名：ニコロズ・ピロスマナシヴィリ、1862年 - 1918年）は、19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍したジョージア（旧グルジア）の画家です。彼は生涯、看板画家として生計を立てることが多く、「放浪の画家」や「孤高の画家」として知られています。時には「ニカラ」という通称でも呼ばれていました。

生涯

ピロスマニは、ロシア帝国統治下のグルジア東部ミルザーニ村の貧しい農家に生まれました。出生名はニコライ・アスラノヴィチ・ピロスマナシュヴィリで、正確な生年月日は不明ですが、1862年頃と推定されています。幼少期に両親と兄を亡くし、姉を頼ってチフリス（現トビリシ）に移住しましたが、姉もすぐにコレラで亡くなりました。

その後、彼はアルメニア人貴族カランタロフ家の使用人として働き、読み書きや演劇、オペラに触れる機会を得ました。カランタロフ家を出た後は、鉄道の制動手や商店経営など様々な仕事に就きましたが、どれも長続きしませんでした。最終的には、独学で習得した絵画制作に専念するようになりました。

画風と作品

ピロスマニの画風は、プリミティヴィスム（原始主義）あるいは素朴派（ナイーブ・アート）に分類されます。彼の作品には、動物、静物、人物、室内画、風景、歴史画、宗教的なものなど、多岐にわたるテーマが見られます。熱心な正教徒であった彼は、復活祭や子羊といったキリスト教的なモチーフも多く描きました。制作にあたっては、モデルだけでなく、写真や本の挿絵も参考にしていたようです。

生涯で約2000点もの作品を描いたとされますが、現存するのは約220点ほどです。油彩画を主としましたが、フレスコ画やガラス絵も残しています。彼の絵は、ジョージアやカフカス地方のイコンやフレスコ画の系譜を引くと考えられており、その独特な表現は、見る者に深い印象を与えます。

評価

ピロスマニの作品は、生前は必ずしも高く評価されていたわけではありません。経済的に困窮し、画材代にも事欠く状況で、テーブルクロス用の防水布に描いた作品も多く残っています。ロシアの詩人イリヤ・ズダネビッチとフランスのミシェル・ルダンチクによって見出され、一時的にロシア美術界で注目されましたが、そのプリミティブな画風は「幼稚」だと批判もされました。第一次世界大戦やロシア革命の混乱期には、看板画の仕事も激減し、貧困の中で1918年に失意のうちに亡くなりました。

しかし、死後、ピロスマニはジョージアの国民的画家として愛されるようになり、ロシアをはじめとする世界各国でも高い評価を受けるようになりました。ソビエト連邦時代には一時的に出版物が禁止されましたが、1969年にはパリで大規模な回顧展が開催され、その芸術性が改めて見直されました。

美術史家エラスト・クズネツォフは、ピロスマニの作品を「描く対象の象徴や記号」と捉え、彼の民族的手法を評価しています。また、ピロスマニが人間と自然の間に境界線を引かず、動物の目を人間のように描く点に着目し、彼の描く動物を自画像として解釈しました。

ロマンスの逸話

ピロスマニは、フランス人女優マルガリータとのロマンチックな出会いのエピソードでも知られています。彼女に深く恋をしたピロスマニは、彼女の滞在先の家の前の道路を花で埋め尽くしたと言われています。このエピソードは、アンドレイ・ヴォズネセンスキーによって詩にされ、後に加藤登紀子の「百万本のバラ」として日本でもヒットしました。

しかし、このロマンスには信憑性を疑う声もあり、マルガリータの実在性や、ピロスマニが大量のバラを贈ったという話は、創作であるという説も存在します。しかし、1923年には、すでにピロスマニがマルガリータに花を贈ったという伝承が存在していたとする記録もあり、ヴォズネセンスキーが全くの創作をしたとは言い切れない状況です。

遺産

ピロスマニの生涯は、1969年のソ連映画「放浪の画家ピロスマニ」や、1985年のドキュメンタリー映画「ピロスマニのアラベスク」など、映画化もされています。また、彼の肖像はジョージアの通貨1ラリ紙幣にも使用されており、ジョージアワインの陶器瓶の模様にも彼の絵が採用されています。

現代においても、ピロスマニは多くの人々に愛され続けており、その素朴で力強い画風は、時代を超えて人々の心を捉えて離しません。彼の作品は、ジョージアの文化を象徴する貴重な遺産として、今後も語り継がれていくでしょう。

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