ニッパヤシ

ニッパヤシ

ニッパヤシ（学名: Nypa fruticans）は、ヤシ科に属する単一種の植物で、熱帯から亜熱帯の干潟などの潮間帯に生育するマングローブ植物です。他のヤシとは異なり、幹を持たず、地中を這う根茎から直接葉を出す特異な形態をしています。この根茎が二又に分かれることは、種子植物の中では珍しい特徴です。また、約7000万年前の地層からニッパヤシの近縁種の果実化石が発見されており、その古い歴史を物語っています。

特徴

ニッパヤシは、高さ9m程度まで成長する常緑の小高木です。地中の泥の中に、二又に分枝した根茎を伸ばし、この根茎から葉柄と羽状複葉を束生させます。葉は5〜10mと長く、小葉は線状披針形で革質、光沢があり、先端は尖っています。花期には、葉の付け根から雄花序と雌花序が伸びます。雄花序は細長い尾状花序、雌花序は球状の頭状花序で、花弁は6枚です。受粉後、雌花序は直径15〜30cmの棘のある球状の集合果となります。

繁殖は、根茎を伸ばして新しい地上部を出す栄養繁殖と、種子による繁殖の両方を行います。集合果から分離した種子は、直径4.5cm程度の卵形で海水に浮き、海流に乗って分布を広げます。

分布

ニッパヤシは、インド、マレーシアなどの熱帯アジア、ミクロネシア、オーストラリア北部の海岸に生育しています。日本では、沖縄県の西表島と内離島のみに自生しています。これらは海流で運ばれた種子が定着したものと考えられています。マングローブ林の後方に大きな群落を形成することがあります。

日本における生育地

日本国内では、西表島の船浦湾と内離島の2ヶ所でのみ自生が確認されています。特に船浦のニッパヤシ群落は、日本の天然記念物に指定されています。しかし、森林伐採や農地開拓による土砂流入、他の樹木の繁茂による遮光、園芸目的の盗掘などにより個体数が減少し、群落の衰退が懸念されています。環境省と沖縄県のレッドデータブックでは、絶滅危惧IA類に指定され、最も絶滅の危険性が高いと評価されています。

船浦のニッパヤシ群落

西表島船浦湾には、大規模なマングローブ群落があり、ニッパヤシを含めた6種類のマングローブ植物が生育しています。ここはニッパヤシの分布の北限であり、個体数も少ない貴重な場所です。そのため、自然保護に関する多くの指定を受けています。

• - 1959年: 琉球政府により天然記念物に指定
• - 1972年: 文化庁・日本の天然記念物に指定
• - 1983年: 環境省の特定植物群落に指定
• - 2001年: 船浦湾の干潟が日本の重要湿地500に指定
• - 2003年: 農林水産省・植物群落保護林に指定

群落は、船浦湾に注ぐヤシミナト川を遡った汽水域にありますが、ジャングルの中にあるため、徒歩でたどり着くのは困難です。群落の回復のため、2003年頃から樹冠の伐採などが行われていますが、開花しても結実することは稀です。これは、群落の個体の遺伝的バリエーションが少なく、単一の個体が栄養成長で増殖したクローンである可能性が指摘されています。

内離島のニッパヤシ群落

内離島のニッパヤシ群落は、島北東部の湿地帯にあります。船浦の群落に比べて個体数が多く、結実も行われており、無人島であるため人的な影響も少なく、保存状態は良好です。1983年に船浦のニッパヤシ群落とともに環境省の特定植物群落に指定されています。

利用

ニッパヤシの葉は、軽くて丈夫な繊維質であるため、屋根材や壁材として利用されます。特にフィリピンでは、竹を骨組みにして葉を編み込んだものが伝統的な家屋（バハイクボ、ニパハット）の材料として使われています。ニッパヤシの屋根は、風雨に強く、通気性も良いことから、高温多湿な熱帯アジアの気候に適しています。また、マレーシアやインドネシアなどでは、カゴを編む材料としても利用されます。

開花前の花茎を切断した部分から採れる樹液は糖分が豊富で、パームシュガー、ヤシ酒（Tuba, Tuak）、ヤシ酢（Cuka Nipah）の原料となります。さらに、バイオエタノール原料としての利用も検討されています。未熟果は、Attap cheeと呼ばれ、半透明で団子のような食感の食品として、東南アジアや香港でデザートに使われています。タイでは、カノムチャークという菓子をニッパヤシの葉で包んで焼き上げ、香り付けに使われます。

保護上の位置づけ

ニッパヤシは、環境省レッドリストで絶滅危惧IA類に指定されています。これは、ごく近い将来に野生での絶滅の危険性が極めて高いことを意味します。沖縄県版レッドデータブックでも同様に絶滅危惧IA類に指定されており、その保護が急務となっています。

種

• - 絶滅危惧IA類 (CR)（環境省レッドリスト）
• - 沖縄県版レッドデータブック - 絶滅危惧IA類

地域・個体群

• - 上記参照

参考文献

• - 環境庁自然環境局野生生物課（編）『改訂･日本の絶滅のおそれのある野生生物』 8 植物I（維管束植物）、財団法人自然環境研究センター、2000年。
• - 島袋敬一（編著）『琉球列島維管束植物集覧』（改訂版）九州大学出版会、1997年。
• - 新里孝和・加島幹男「ニッパヤシ」『改訂・沖縄県の絶滅のおそれのある野生生物』 菌類編・植物編）-レッドデータおきなわ-、沖縄県文化環境部自然保護課、2006年。
• - 池原直樹『沖縄植物野外活用図鑑』 9 あかね科〜らん科、多和田真淳（監修）、新星図書出版、1989年。
• - 土屋誠・宮城康一（編）『南の島の自然観察』東海大学出版会、1991年。
• - 平野隆久 監修・写真、永岡書店 編『樹木ガイドブック』永岡書店、1997年5月10日。

外部リンク

• - J-IBIS絶滅危惧種情報 - 環境省版RDBでのニッパヤシの解説
• - oNLINE植物アルバム - ニッパヤシの写真

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