ノザワナ

野沢菜（ノザワナ）は、アブラナ科アブラナ属に分類される二年生植物です。主に日本の長野県下高井郡野沢温泉村を中心とした信越地方で古くから栽培されてきた伝統的な野菜で、その葉と茎を漬け込んだ「野沢菜漬け」は全国的にもよく知られています。野沢菜は、高菜や広島菜とともに日本を代表する三大漬け菜の一つに数えられています。当初は特定の地域での栽培に限られていましたが、第二次世界大戦以降は、北海道から熊本まで、日本各地で栽培されるようになりました。別名として「信州菜（シンシュウナ）」とも呼ばれます。

植物としての野沢菜は、生育すると茎と葉の丈が50cmから最大で90cmにも達します。収穫せずに冬を越し、翌春になると薹（とう）が立ち、アブラナ属特有の明るい黄色の菜の花を咲かせます。

起源と分類

野沢菜は、かつてはカブ（蕪）の一品種であると考えられていました。これは、1756年に野沢温泉村にある健命寺の住職が京都へ遊学した際に、大阪市天王寺で栽培されていた天王寺蕪の種子を持ち帰り、その種から育ったものが野沢菜になった、という伝承に基づくものです。しかし、近年行われた種子の表皮細胞や遺伝子に関する研究により、この伝承は否定されています。

日本のカブは、西日本で主流のアジア系（var. glabra、中国経由）と、東日本の山間部に多く見られ耐寒性に優れるヨーロッパ系（var. rapa、シベリア経由）に大別されます。遺伝学的な特徴を見ると、野沢菜は天王寺蕪に代表されるアジア系ではなく、ヨーロッパ系の特徴を強く持っていることが分かっています。また、福島県には野沢菜と近縁とされる植物が確認されています。

現在、野沢菜はカブに由来するものの、カブとは異なる独立した変種（葉蕪、var. hakabura）であると考えられています。野沢温泉村周辺で栽培されている他の伝統的な漬け菜、例えば稲核菜（いねこきな）、羽広菜、鳴沢菜、長禅寺菜などや、諏訪紅蕪、細島蕪といった紫かぶも、野沢菜と近縁関係にあると見られています。

野沢温泉村では、古くはこの野菜を「蕪菜（かぶな）」と呼んでいました。しかし、大正時代に地元のスキー場が開設されると、そこを訪れた都市部のスキー客が蕪菜の漬け物を大変気に入り、「野沢菜漬け」という愛称を付けました。この愛称が全国的に広まったことで、「野沢菜」「野沢菜漬け」という名称が定着していったとされています。

栽培と多様な利用法

野沢菜の最も一般的な利用法は、葉と茎を漬物にした「野沢菜漬け」ですが、一年を通じて様々な形で利用されています。

栽培は通常、9月頃に種を蒔くことから始まります。生育に応じて間引きを繰り返しながら育てられますが、この間引かれた若い苗は捨てられることなく、「お浸し」や短い期間で漬け込む「浅漬け（当座漬け）」として食されます。十分に成長した株は、10月から12月にかけて収穫され、これが主な用途である野沢菜漬けの原料となります。収穫後、畑に残った根からは、翌春の雪解け後に再び芽が伸びてきます。この芽は「とう立ち菜」と呼ばれ、春の貴重な野菜として利用されます。また、春に改めて種を蒔いて育てる「春菜」や「うぐいす菜」も、主に浅漬けとして利用されます。さらに地上部は成長を続け、5月頃に開花し、6月には種子が採取されます。

特産品：野沢菜漬け

野沢菜漬けの製造には、伝統的な方法が見られます。収穫した野沢菜は、畑で根（カブの部分）を切り落とした後、野沢温泉村ならではの慣習として、共同浴場を利用して「お菜洗い（おなあらい）」と呼ばれる洗浄作業が行われます。その後、大きな木の桶に漬け込まれます。味付けは、塩の加減やその他の隠し味など、家庭や製造元によってそれぞれ特徴があります。

野沢菜漬けには、乳酸発酵が十分に進行してアメ色に変色した「本漬け」と、発酵が控えめで緑色を保った「浅漬け」があります。寒冷な環境で製造・保存されることが多いため、発酵があまり進まず、比較的臭いが少なく、あっさりとした味わいが特徴です。ただし、常温で放置しておくと、急激に葉が軟化して歯ごたえが悪くなり、酸味が増してしまうため、低温での保管が非常に重要です。

野沢菜漬けは、お茶請けや酒の肴として広く愛されています。また、そのまま食べるだけでなく、様々な料理に応用されます。細かく刻んで炒飯に加えたり、炒め物の具材にしたり、納豆の薬味として混ぜることもあります。おにぎりやおやきの具材としても大変人気があります。もし酸味が強くなりすぎた場合は、醤油、砂糖、油などで炒めて「佃煮風」にして食べるという工夫もされています。

長野県北信地域では、野沢菜自体を「お菜」や「なっぱ」、野沢菜漬けを「お葉漬け」と呼ぶことがあります。

産地である長野県では、一年を通して緑色の野沢菜漬けを安定して供給するために工夫が凝らされています。例えば、10月から12月にかけては長野県産が中心ですが、それ以外の時期には徳島県産（1月）、静岡県産（2月）、山梨県産や長野県産のトンネル栽培物（3月から5月）、茨城県産（6月）、長野県の八ヶ岳中腹や戸隠産（7月から9月）といったように、季節ごとに主要な産地をリレーすることで、安定供給を実現しています。

野沢菜漬けは、その食文化的な重要性から、1983年（昭和58年）に長野県によって選択無形民俗文化財「信濃の味の文化財」に指定されています。

文化と歴史

野沢温泉村では、明治時代まで大麻（おおあさ）が栽培されていた耕地を「麻畑（おばたけ）」と呼んでいましたが、その後作として野沢菜が栽培されるようになりました。また、健命寺の屋敷畑では「寺種（てらだね）」と呼ばれる野沢菜の原々種が育成されており、「蕪菜原種」として「種一合、米一升」という高値で取引されるほど貴重なものでした。

野沢温泉を訪れる湯治客が、お土産として蕪菜の種子を買い求めていったことが、野沢温泉の湯治客の行動圏と野沢菜の栽培圏がほぼ重なるという現象を生んだと言われています。

唱歌「朧月夜」の冒頭「菜の花畠に入り日薄れ」は、作詞者の高野辰之が生まれた長野県永江村（現在の中野市大字永江）の風景がモチーフになったとされています。長野県の北信地方一帯では、江戸時代からアブラナが主要な換金作物として広く栽培されており、一面に広がるアブラナの菜の花の景色が、この詞の着想源になったと考えられます。かつては菜種油の需要が高くアブラナ畑が多く見られましたが、需要の減少とともに菜種栽培が減少し、菜の花畑も少なくなりました。しかし、近年は観光目的で栽培された野沢菜の花が人気を集め、再び菜の花の美しい景色が見られるようになっています。

ちなみに、ヨーロッパにも根がカブのように肥大するものの食用とされない点で野沢菜と似た野菜があり、イタリアでは「cima di rapa（チーマ・ディ・ラーパ）」、英語圏では「turnip tops（カブの芽）」などと呼ばれています。これらは分類上はカブとは異なりますが、葉や茎を利用する点で共通性が見られます。

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